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企業支援エトセトラ

令和2年7月3日

20.ハンコから電子署名へ

脱ハンコ

多くの日本企業では、稟議書にハンコをついてもらうことが習慣です。ところが、新型コロナウィルス感染予防のための三密回避の要請は、テレワークの推奨となり業務方法に変化が起きました。

通常、意思決定や上司の決裁を仰ぐため、直接、稟議書にハンコをついてもらいます。しかし、テレワークの世界では、直接会わないことを前提にしているので、ハンコなしでどうやって稟議するか、決裁するか、が問題になります。

また、取引相手との契約の締結も似たような状況にあります。私たちは、従来から、必要に応じ、印鑑登録証明書を添付して紙文書にハンコをついてきました。

確かに、上記のいずれも郵送して、紙文書に署名押印してもらえば足りることですが、この機会に、役員会議事録、日報等々を電子化し、ペーパーレス&脱ハンコ化しようという動きが出てくるのにも一理ありです。

そこで、そもそも論として、紙に記載された文書について、ハンコを押すことにどのような意味や機能を復習し、ついで、ペーパーレス化&脱ハンコ化することで、稟議、契約締結を行うためのテクニックについて検討してみたいと思います。ひとまず、ペーパーレス化し、電磁的方法によって作成された文書を電子文書いいます。

 

紙文書への署名捺印の意味・機能

紙文書、就中、稟議文書、契約書への署名捺印の意味は、色々あります。

まずは、押印の持ち主によってその紙文書が作成されたことを示します。このことにより、記載内容について、例えば、稟議書なら、意思決定について誰が責任者であるとか、契約書なら、権限のある人により作成されることで、契約が成立したことを証明することになります。

また、物理的に記録が適切に印字され、保管されることで、書き換え(変造)の危険を防止し、記載内容(意思決定内容、契約内容、権利義務の内容…)について、後日証明することができます。

さらに、そのような証明機能があるので、特に、契約書においては、紛争予防機能が出てきます。

振り返ってみるに、印鑑や署名は、その人固有のものなので、印影や署名を見ることで、その名義人の意思でその文書が作成されたであろうという経験則により、次の意思決定や取引の反復継続を円滑化する機能があります。少し大げさですが、経済活動のインフラです。

民事訴訟の実務では、紙文書について、作成名義人の陰影がその名義人の印章によってできたことが確認されれば、その文書は(名義人の)真正な文書と扱うことで上の現象を支えています。

 

ペーパーレス&脱ハンコ

(1) 電子署名による方法

紙の上の署名捺印を、電子署名に置き換えたものです(電子署名及び認証業務に関する法律(通称、「電子署名法」)3条参照)。

電子ファイルの真正さを確保するため、①誰が電磁的記録の作成者か、及び、②データが改ざんされていないことを、第三者が証明できるようにしました。市役所が印鑑登録証明書を発行し、本人の印鑑であることを証明するプロセスが、認証局が、電子証明書(公開鍵)を発行し、本人の秘密鍵(これも認証局が発行)で、いつ何時にファイルが作成されたか(タイムスタンプ)を証明するプロセスに変容しています。クラウドで保管サービスもあります。もちろん、認証局は電子証明書の発行に際し、厳格な本人確認を行います。実際、ここで市役所発行の印鑑登録証明書が求められています。

電子文書を作成するときは、認証局から発行された秘密鍵で署名及び改ざんされないよう暗号化します。これに対し、その作成された電子文書を受け取った人は、電子証明書に入っている公開鍵を用いて復号(暗号解読)し、その真正を検証するという仕組みです。個人番号カードがその代表例です。

実は、電子署名法が成立したのは、今から20年前、少しずつ、利用が浸透してきたとはいえ、知る限り、ほとんどのクライアントの方々は、やはり紙ベースです。送料、印紙代、保管料の節約などメリットがありますが、認証のランニングフィー、脱ハンコについての相手方の同意などのハードルがあり、まだ思い切りが必要です。

なお、従前、紙により作成、保存、交付等すべきとされてきた文書の代わりに、電子文書も許容されます(民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律)。また、従前、民間の書面の交付または書面によるべきとされた手続について、相手方の同意を条件に、電子メール等の電子的手段によっても行えるようになっています(書面の交付等に関する情報通信の技術の利用のための関係法律の整備に関する法律)。

 

(2) 第三者の立会による方法

上記1で述べたとおり、感染者の確認された企業(事業所)は、保健所に対して、感染予防のため必要な情報を提供する義務があると解されます(感染症法12条)。

これは、地方公共団体による法令の定める事務の遂行に協力する必要がある場合にあたり、本人の同意なくして感染情報を保健所に対して提供できることになります(4号該当)。

 

(3) 企業は、上記以外の第三者に対して、感染情報を提供することはできるか。

これまで電子署名による方法を基本として立法インフラが整備されてきました。しかし、現在では、これとは異なる方法で当事者が作成した文書を証明する方法が商品化されています。その利用者数が伸びてきているといわれます。

その仕組みは、当事者がPDFなどの契約書をネット上にアップロードし、両当事者が合意に達すれば、これに第三者である証明サービス事業者(公証人ではない)が当事者の契約の締結を確認したとして電子署名する方法です。巷では、「立会人型」と呼ばれているようです。

ここで、従来の枠組みのおさらいです。紙から電子になっても、本人の固有の道具で、本人の意思に基づいて、署名がなされたというパラダイムに対して、その人が大事にもっているアイテムで署名したのだから、その印がある以上その人の意思に基づいて作成されたのだろうということで、紙にせよ、電子にせよ、一定の証明力を公に認めることについては腑に落ます。電子署名では、国家が厳しい基準を設け背後から認証機関に監督され、電子証明書発行時に厳格な本人確認があります。公証人の認証では、少なくとも目の前で代理人に本人の署名であることを自認させています。このような制度的な保証があるので、私たちは特別の調査をすることなく安心して類型的に信じることができます。

これに対して、立会人型の場合、第三者がネットで署名しただけで、某当事者が、いつ何時、かくかくしかじかの内容の契約に合意したことを認証することについて類型的にみて一定の証明力があるといっていいのか、疑問です。

確かに、名の知れた大企業が繰り返し行っていることで、のれんはできてくるとは思います。しかし、しばらくの間は訴訟でその成立が争われた場合には、先の文書の真正の推定規定は類推適用もされないので、ゼロから立証しなければならないと思われます。

ときに、日本組織内弁護士協会は政府に対して、電子署名法の改正を求める提言をしたようですが、これから民間の新しいサービスがどのようにして制度的に承認されていくか、注意深く見守っていきたいと思います。

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