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企業支援エトセトラ

令和3年10月6日

35.債務を支払ってもらえない場合の訴え提起前と訴え提起後の一手

債務名義

取引相手に売掛金を支払ってもらえない、相手の故意・過失により損害を受けたがその債務を支払ってもらえないなど、第三者に対して金銭債権を有しているもののその履行がなされない場合がままあります。

このような場合、やむを得ず民事訴訟を提起することがあります。

ところが苦労して得た勝訴判決が確定し、債務名義になっても、債務者が任意に弁済するとは限りません。

それでも、債務者の財産の所在が分かれば、強制執行を申し立てることで、その範囲で債務名義を実現することができます。

ここで、債務名義を得ても強制執行を行おうと思っていた財産が既に処分されてしまい当てが外れたというように判決が無駄になってしまうことを回避するための2つの裁判所を利用した制度を説明します。

 

保全処分

訴えを提起する段階で債務者の財産の所在が分かる場合、その財産を保全するため保全命令の申立を行うべきです。

相手方が金銭債務を履行してくれない場合、債務名義を得たならば強制執行の対象となりうる財産について仮差押の申立を行うことです。対象は、不動産、動産、債権、無体財産権など様々です。

例えば、不動産に対する仮差押が認められた場合、目安として、不動産の評価額の2割程度の担保を提供することで、裁判所の仮差押の決定は法務局への登記の嘱託により、登記簿に記録されます。この登記により、仮にその不動産が債務者から第三者に対して譲渡されたり、不動産の評価額相当分まで抵当権を設定しても、その第三者に対して対抗することができます。対抗できるとは、その保全処分の目的となった債権と同一性を有する請求について判決が確定した場合、仮差押の登記が入った後に所有名義が第三者になってしまっていても、抵当権が設定されても、裁判所に強制執行を申立または競売手続開始決定後配当要求することにより、配当を受けることができます。但し、債務名義を有する他の債権者が配当要求し、分配可能価額を配当要求合計額が超えたような場合などは、按分配当されることになります。

このように訴えを提起する前に仮差押保全命令を得ることで、訴訟提起準備中または勝訴判決が確定するまでに、仮差押の対象財産が処分されても、強制執行することができるので、本案の主張立証活動に安心して専念することができます。

 

財産開示手続

では、訴えを提起する段階で債務者の財産の所在を確認できない場合は、どうでしょうか。訴えの提起のためには、事案の性質にもよりますが、証拠の収集・整理と弁護士への費用など相当の手間と費用が掛かることになります。債務は履行してもらえないうえに、そこからさらに時間と金銭を追加的に負担しても、債務者が任意に支払ってくれる見込みがないような場合、寧ろあきらめた方が得策という判断にもなりかねません。

そこで、事後的に、あるいは、事前的にも、利用を検討すべきは、財産開示手続です。

財産開示手続とは、債権者が債務者の財産に関する情報を取得するための手続で、債務者(開示義務者)が財産開示期日に裁判所に出頭し、債務者の財産状況を陳述する手続です(民事執行法196条以下)。債権者に金銭債権の債務名義があれば、申立人は、債権者として通常行うべき調査を行った結果、知れている財産がどれだけ存在するのか、そしてそれらの財産に対する強制執行(担保権の実行)を実施しても、請求債権の完全な弁済を得られないことを疎明することで足ります。

財産開示手続の実施決定がなされれば、債務者は指定の期日に裁判所に出頭して、開⽰義務者に対し質問することができます。また、養育費や生命身体に対する損害賠償請求の場合、財産開示手続を経た後、日本年金機構に対して開示義務者の給与債権情報の提供を求めることもできます。但し、債権者は、陳述によって知り得た債務者の財産に対し、別途強制執行の申立をする必要はあります

令和2年の財産開示手続の新規受付件数は3,930件で、令和元年の577件から6.8倍に増加したとの司法統計があります。その背景には、出頭しなかった場合30万円以下であった過料が6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金と、刑事罰も課せられる、つまり、前科がつけられるようになったこと(令和2年4月1日施行)があるようです。実際、正当な理由なく出頭しなかった場合に書類送検された例があります。

 

まとめ

債務者に対する金銭債権について、民事訴訟を提起するに先立ち、保全命令を申立て、その決定がなされれば、その正本は債務者に送達されます。債務者が仮差押の事実を知ることで、本案に至らずに早期に和解による解決に至ることもあります。

また、確定判決も債務者に無視され続け、財産開示手続によらざるを得ない場合、事前の保全命令がある場合に比して、回収率は格段に下がってしまいますが、単なる腹いせの儀式ではなく、実施決定の通知を受けて任意に支払われ、決定後実際に回収されたケースはあります。少なくとも、財産開示手続をとることで時効は更新(振出しに戻る)されます。

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