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企業支援エトセトラ

令和3年11月8日

36.役員賞与による社会保険料の節減策

役員報酬の報酬月額を引き下げ、代わりに役員賞与を増やすことによって、年間の支給総額は変えないままで年間の社会保険料を節減するという方法について、そのメカニズムとメリット・デメリットについてお話します。

役員報酬・賞与の調整により社会保険料が節減できる理由

報酬月額を引き下げ、役員賞与を大きくすることで、社会保険料を削減できる理由は、賞与の社会保険料=標準賞与額×社会保険料率となっているところ、標準賞与額には上限があるからです。健康保険料の上限は年度の報酬の累計額で573万円とされており、厚生年金保険の上限は1回の支給につき150万円とされています。

つまり、役員賞与を年間で1回、800万円を支給する場合、それぞれ以下の金額については、健康保険料と厚生年金保険料の計算の対象とはならいので、その分負担がなくなるというわけです。

健康保険:227万円(=800万円 - 573万円)

厚生年金:650万円(=800万円 - 150万円)

例えば、役員報酬と役員賞与の総額が年間で同じ720万円だとしても、①役員報酬月額を60万円とする場合と、②役員報酬月額を5万円とし、役員賞与を660万円とする場合だと、社会保険料の支払について以下の違いが生じます(なお、社会保険料率は、全国健康保険協会の令和3年3月分からの保険料率表(大阪)を基準とし、健康保険料には介護保険料を含むものとします。また、子ども・子育て拠出金は考えないものとします)。

①役員報酬月額60万円(年収720万円)の場合

月々の健康保険料は71,331円、厚生年金保険料は107,970円

社会保険料の負担額は、年間で2,151,612円

②役員報酬月額5万円 + 役員賞与660万円(年収720万円)の場合

月々の報酬分の健康保険料は7,012円、厚生年金保険料は16,104円

役員賞与分の健康保険料は692,757円(=上限額573万円×12.09%)、厚生年金保険料は274,500円(=上限額150万円×18.3%)

社会保険料の負担額は、年間で1,244,649円となります。

つまり、①と②とでは、906,963円の違いが生じ、その分社会保険料を削減することができるわけです。

但し、社会保険料が減る分、会社の利益が増えることになり法人税等の税額は高くなりますし(社会保険料は会社と役員が約半分ずつ負担するので、法定実効税率34%とすると約15万4,000円増加)、役員個人の所得が増えるのでその分所得税、住民税が増える(概ね、役員負担分×(累進所得税率(5%~45%)+住民税率(10%))ことになります。

 

なお、役員賞与を増額した場合、その全額を損金と認めてもらうためには、株主総会での決議と、事前確定届出給与に関する届出書を税務署に提出することが必要です。事前確定届出給与に関する届出書は、提出時期が①株主総会で役員賞与についての決議をした日から1ヵ月以内、②会計期間開始日から4ヵ月以内のいずれか早い方とされていますので、期限に注意しましょう。また、支払時期及び金額について届出の内容から変えてもいけません。届出内容と異なっている場合、支払った金額の全額が損金不算入となってしまいます。

 

削減策のメリット・デメリット

(1) 役員報酬の月額を抑えることにより、万一病気になった場合、高額療養費の自己負担限度額も低くすることができるというメリットもあります。つまり、同一月にかかった医療費の自己負担額が高額になった場合、一定の金額(自己負担限度額)を超えた分について払い戻しを受けることができるのですが、その自己負担限度額は標準報酬月額の範囲を基準に計算区分が変わる(※)ので、月額報酬を抑えた方が自己負担限度額は低くなり、払い戻しを受ける金額が多くなる可能性があります。

※例えば標準報酬月額が26万円以下だと、自己負担限度額は57,600円とされる一方、標準報酬月額が53万から79万円の場合、167,400円+(総医療費-558,000円)×1%で計算される

(2) 節減策のデメリットとしては、平均月収が減ることになるので役員個人としての資金繰りが難しくなる可能性があることはもちろん、多額の賞与を一度に支給することで会社も資金繰りが難しくなるリスクがあります。特に前述のとおり、事前確定届出に記載した金額を減額して支給すると全額が損金不算入となるため途中で容易に減額できませんので、よく考えてから実行する必要があるでしょう。

また、役員退職時に退職金を支給した際の損金算入額の計算にあたり、いわゆる功績倍率法を用いる場合、直近の月額報酬×役員勤続年数×功績倍率で計算することから、月額報酬が下がることで、損金算入できる退職金が減額されてしまうというデメリットもあります。

(3) 将来受給する年金額についてはメリットとデメリットの両方があります。

まず、報酬月額が減ることにより、将来受給する老齢厚生年金の報酬比例部分が減少します。つまり、報酬比例部分は、平成15年4月以降の加入分については、平均標準報酬額×一定乗率×同月以降の加入期間の月数で計算するところ、平均標準報酬額とは、計算の基礎となる各月の標準報酬月額と標準賞与額の総額を意味し、標準賞与額は支給1回につき150万円が上限となるので、役員賞与について1回あたり150万円を超える支給をすればその超えた分は考慮されないことになります。

また、役員退職時に退職金を支給した際の損金算入額の計算にあたり、いわゆる功績倍率法を用いる場合、直近の月額報酬×役員勤続年数×功績倍率で計算することから、月額報酬が下がることで、損金算入できる退職金が減額されてしまうというデメリットもあります。

他方で、役員報酬を抑えることで年金の受給額が増える可能性があります。現在の「老齢厚生年金」の仕組みでは、会社などに勤めていて「一定の収入」があると年金額が減額される「在職老齢年金」という制度があり、60歳以上で厚生年金保険に加入しながら年金を受け取る場合、給料(報酬)と年金の合計額に応じて年金額の一部又は全部が支給停止になる場合があります。但し、60歳までにそれなりの厚生年金の受給見込み額があることを前提にします。

その仕組みは、下表の通り、60歳以上65歳未満の場合と、65歳以上で異なります。

60歳以上65歳未満

総報酬月額相当額(※1) 年金の基本月額(※2) 支給停止額
28万円以下 支給停止なし(全額支給)
47万円以下 28万円以下 (総報酬月額相当額+基本月額-28万円)×1/2
28万円超 総報酬月額×1/2
47万円超 28万円以下 (47万円+基本月額-28万円)×1/2+(総報酬月額相当額-47万円)
28万円超 47万円×1/2+(総報酬月額相当額-47万円)

65歳以上

総報酬月額相当額(※1) 年金の基本月額(※2) 支給停止額
47万円以下 支給停止額なし(全額支給)
47万円超 (総報酬月額相当額+基本月額-47万円)×1/2

※1 毎月の賃金(標準報酬月額)+1年間の賞与(標準賞与額)を12で割った額

※2 年金額(年額)を12で割った額

 

つまり、役員報酬月額を抑え標準報酬月額を低くする一方で、標準賞与額は150万円の上限があるので、その結果、上記表でいうところの総報酬月額相当額が低くなり、その結果、支給停止額が低くなる、つまり、もらえる年金額が増える可能性もあります

なお、令和4年4月より、上記表の60歳以上65歳未満の人について、総報酬月額相当額と年金の基本月額の合計が28万円から47万円に変更されます

 

まとめると、以下の通りです。これらのメリット・デメリットを理解された上で節減策をとられることをお勧めします。

メリット

〇 社会保険料が減少(会社、役員)

〇 高額医療費の自己負担額の減少(役員)

〇 年金の支給停止額の増加(役員)

 

デメリット

△ 法人税等の増加(会社)

△ 所得税等の増加(役員)

△ 資金繰り悪化のリスク(会社、役員)

△ 退職金の損金算入額の減少のリスク(会社)

△ 年金の報酬比例分の減少(役員)

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