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民法改正について

平成30年4月7日

4.その4、定型約款について(2)

前回申し上げたように、今回の民法改正では、「定型約款」に関する規定が加わりました。条文としては548条の2から548条の4までの3ヶ条です。

548条の2、1項の規定の大雑把な骨組みとしては、約款を用いた取引のうち、「ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引であって、その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的であるもの」を「定型取引」と名付け、上記の「特定の者」が定型取引の内容とする目的で作成した契約内容の総体(約款)を「定型約款」名付けた上で、定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたときか、定型約款を準備した者があらかじめその定型約款を契約の内容とする旨を相手方に表示していたときには、定型約款個別の条項についても合意をしたものとみなす。」という形式の規定になっています。

「個別の条項についても合意をしたものとみなす」という部分がこの条文の重要な部分です。「みなす」というのは、「法律上は約款に記載されている個々の条項に合意があるものとして扱う」という意味の法律用語ですが、何故このような規定を置いたかといいますと、前回申し上げましたように、契約理論からいうと契約は「合意」であり、「申込」と「承諾」により成立すると考えられているため、一方当事者が作成し、他方当事者がほぼ中身を読みもしないのが普通である約款の内容について、他方当事者の「承諾」があったと言えるのか、という理論上の疑義が生じてしまうからです。

前回、約款取引が普及したのは、それが必要であり、有用な面さえあるからだと申し上げました。上記の「定型取引」の定義中に、「その双方にとって合理的であるもの」とあるのは、そういう約款取引を念頭に置いているからです。

従って、普通に我々が馴染んでいる、スマホに関する通信契約、保険契約、銀行取引等、現状で約款取引が普及している類型の契約は、ほぼ定型取引に該当し、そこで用いられている約款は「定型約款」だということになります。

ちなみに、切符を買って電車に乗る場合などは、おそらく皆様方も「約款」自体を示されたこともないと思いますので、「約款を契約内容とすることを表示した」という要件は満たさないのですが、鉄道営業法などで、約款を一定の方法で公示しておれば、約款取引を認めています。飛行機やバスなどに関しても特別法で同じような定めを置いています。法律の世界では、特別法は一般法に優先しますので、一般法である民法に対して、特別法が要件を緩和しておれば、それに従うことになります。約款取引については、今回民法で「定型取引」に関する一般的な規律を定める以前から、取り敢えずは特別法(あるいはいわゆる業法)で、各種の取引類型ごとに要件を定め、約款取引が認められてきたという歴史があるのです。

次に、では定型取引ではない約款取引にはどのようなものがあり、その場合の約款取引についてはどう考えるか、についてご説明致します。定義から抽象的にいいますと、「ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引」とはいえないものと、その「内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的である」とはいえないものがそれに当たります。

典型例は、企業間取引のうちで、例えば製品を作る企業(A社)とA社にその部品を納入する企業(B社)間の取引において、A社の取引上の「力」が圧倒的に強い場合に生じます。B社はA社と取引をしたいのであれば、A社の提示する契約内容全体を丸呑みするしかない、ということもままあります。これも、A社が契約内容の総体を決定しますので、前回ご説明させて頂いた「約款」の定義上は約款取引に含まれますが、A社は部品を納入できる特定少数の会社を取引相手にしていますので、「不特定多数」を相手とする定型取引には該当しません。また、後者の「その内容の全部又は一部が画一的であることがその双方にとって合理的である」という訳でもありません。つまり、こういった企業間取引には、民法上の定型約款の規定は適用されません。

その場合どうなるか、ですが、B社は、取引上の力関係により仕方なく了解するとは言え、その前提として契約内容の詳細は知っています。つまり約款取引とはいえ、内容を知っていて承諾していますので、一般契約理論としても、契約の成立に特に問題はない類型です。力関係に差がありすぎる場合、何らかの形(例えば独占禁止法等)でB社を保護すべきだという考え方はあり得ますが、それは「約款取引」の問題ではありません。

残る約款取引の類型としては、ある者と不特定多数との間の契約であり、特定の者が契約内容の総体を決定するが、そのことが契約当事者双方にとって合理性を有しているとは言えない、という類型ということになります。一般に不特定多数を対象とする取引については、細かい契約内容を事前に決めておくことは、双方にとって合理性のある場合が多いと思いますので、この種類型の約款取引は想定しにくいのですが、仮に、そういう約款取引の形態があるとすれば、民法の規定は適用されませんので、「個々の条項に同意があったとみなす」わけには行かなくなり、個別に判断することになります。前記のように、ちょっと想定しにくい取引類型ですので、今後、裁判が生じた場合に判例で決定されていくことになります。

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