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民法改正について

平成30年5月16日

5.その5、定型約款について(3)

前回は、定型約款がその有用性故に社会で広く用いられ、民法上も正面から規定されたと申し上げましたが、定型約款も、契約の一方当事者のみが作成しますので、作成者側に有利、相手方に不利な内容が盛り込まれる可能性もないとは言えません。今回は、そのような場合に対応する規定についてご説明致します。

この点、民法548条の2,第2項は、「前項の規定にかかわらず、同項の条項のうち、相手方の権利を制限し、又は相手方の義務を加重する条項であって、その定型取引の態様及びその実情、並びに取引上の社会通念に照らして第1条第2項に規定する基本原則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるものについては、合意をしなかったものとみなす。」と規定しています。

ここでいう第1条第2項は民法の条項ですが、「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い、誠実に行わなければならない。」と規定しています。常識的にも当たり前といえる条項ですが、この原則は一般に「信義誠実の原則」とか、「信義則」などといい、私法一般を貫く基本原則とされています。

定型約款条項ができる前の約款に関する判例としても、ある航空会社が、事故があった場合の航空会社の損害賠償責任を「1000万円以下」と定めていた約款について、この信義則に反して(その部分は)無効だとした判例があります。定型約款に関する規定がなかった時代には、一旦約款に基づく契約が成立したと考えた上で、信義則に反するような条項は「無効」であると判断したのですが、今回条項ができましたので、そもそも「合意をしなかったものとみなす」ことにしたわけです。ちょっとややこしく感じられるかも知れませんが、法律の世界では契約の「成立、不成立」の問題と、契約が成立したあとの「有効、無効」の問題を分けて考えますので、こういう規定になっているだけです。

このように、新しくできた条文ではありますが、これまでの約款をめぐる判例の積み重ね等を前提にしておりますので、特にびっくりするような、新規の考え方が取り入れられた、というものでもありません。この点は、他の改正条項でも概ね同じで、以前の条文が不明確な場合や、時代に合わなくなってきた場合は、判例が、解釈でその「足らざる部分」を補充していることを前提に、その判例の考え方を取り入れて、「この際条文上も明らかにしておこう」という改正がほとんどです。要するに、民法が大改正されたからといって、私たちの日常生活をがらりと変えなければ対応できない、というものでは決してありません。「定型約款」とか「定型取引」といった目新しい言葉は出てきますが、説明を聞けば「何だ、そういうことか」ということばかりです。その点はご安心ください。

ところで、実は、極めて似た形式の規定が消費者契約法10条にも定められており、「民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。」と規定されています。赤字にした部分を見比べてみると、ほとんどそっくりな構造になっていることがお分かり頂けると思います。

消費者契約法は、消費者(個人)と事業者間の「情報の質及び量並びに交渉力の差」に着目して、その点で明らかに劣位に立つ消費者(個人)を保護するものですが、定型取引も、特定の者(普通は事業者)と不特定多数者(普通は個人)との取引を前提としますので、契約の構造上似たような面があり、やはり同じような考慮が働いたものと思われます。

元々100年前に民法が制定された当時、契約当事者は互いに「自由、平等」であることが前提とされていました。これは「士農工商」という身分社会に対する「四民平等」という「理念」でもあったわけですが、経済が巨大化し複雑化してきますと、「情報の偏在」という現象が顕著になります。ものやサービスを提供する側に必要な情報が集中するのは当然として、ものやサービスを利用する側には全く情報がない(あるいは情報を与えられてもほとんど理解できない)ということになりますと、上記の「情報の質及び量並びに交渉力の差」が生じてしまいます。消費者契約法は、そのような時代の変化に対応して、消費者保護の観点から、特別法として規定されたものですが、私法の一般法である民法においても、定型約款という一方的な内容を契約内容にすることを認める場面において、そのような考え方が一部取り入れられるようになったといえます。

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