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社会保険労務

平成26年8月31日

21.ストレスチェックが義務化されました

平成26年6月25日に改正労働安全衛生法が公布されました(施行は平成27年12月まで)。その改正の中で、「ストレスチェック」の実施が事業者に義務づけられることとなりました(ただし、従業員50人未満の事業場については努力義務)。

 

「ストレスチェック」とは、労働者の心理的な負担の程度を把握するために行われる医師、保健師等による検査のことをいいます。心理的な負担の程度が大きくなると(高ストレス状態)、うつ病などのメンタルヘルス疾患を発症し、欠勤や休職を繰り返し、退職に至る危険性があります。実際、精神障害の労災請求件数は全国で1000件を超え、労災補償の支給決定件数は増加傾向にあります。労災補償の請求が認められると、会社に対する安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求も認められる可能性は極めて高まります。最近では、億単位の賠償額が命じられることも一般化しています。その意味で、メンタルヘルス対策は企業にとって重要な課題であり(なお、メンタルヘルス対策については、こちらをご覧下さい、ストレスチェックはメンタルヘルスの悪化防止に繋がるものです。

ストレスチェックを実施しないことによる罰則規定が設けられる予定は今のところありませんが、実施していなければ、労災や訴訟になった場合、会社には勝ち目がなくなると考えた方が良いでしょう。労基署による臨検で是正勧告の対象にもなります(最近は未払残業代に加えてメンタルヘルス体制の適正さが検査の対象となることが増えています)。

新たな制度の導入は面倒だと感じる事業者もおられるでしょう。しかし、職場環境の刷新・向上を図る良い機会だと捉えていただきたいと思います。企業にとって、問題職場の洗い出しと改善に向けて、目に見える数値、データとして分析できることは非常に有意義なことです。業務配分を見直すことは業務の効率性アップに繋がります。職場環境が改善されれば結果として休職や退職などの突発的な人員欠員を回避でき経済的損失の防止にも繋がりますし、企業としての信用信頼が確保されることで優秀な人材確保にも繋がるなど、そのメリットは大きいのです。

ストレスチェック制度の流れの概要は以下の図のとおりです。

(1) まず、医師・保健師等がストレスチェックを実施し、結果を労働者に通知します(①)。労働者は希望に応じて医師による面接指導を行うよう会社に申し出ます(②)。会社が医師(産業医等)に面接実施を依頼し(③)、それに基づいて面接指導を実施します(④)。その後、事業者は医師の意見を聞いた上で(⑤)、必要な場合は、適切な就業上の措置を講じなければなりません(⑥)。適切な就業上の措置とは、例えば業務量を調整したり、配置転換、労働時間の短縮などです。

 

(2) ストレスチェックは、企業に通常義務づけられる健康診断の一環として行うわけではありません。検査を実施した当該医師等は、当該検査を受けた労働者の同意を得ないで、当該労働者の検査の結果を事業者に提供してはならない、とされています。つまり、通常の健康診断と異なり、原則会社が診断結果を保有することにはなりません

また、労働者に受診義務がないことも、通常の健康診断とは異なります。ただ、受診義務がないとしても、労働者が受診しないままメンタルヘルス疾患を発症し、会社の責任を問われた場合、過失相殺、つまり、受診しなかったことを労働者の非と捉え、損害額を減殺してもらえるのか、という点は別問題です。

今年の3月に出されたメンタルヘルスに関する最高裁判決(東芝事件)において、現実に過重な業務が続き、欠勤を繰り返したり業務軽減を申し出ているなどの客観的徴表があったとして、過失相殺を認めた原審が破棄されました。この判決から考えると、単に受診しないという事実だけでは過失相殺は認められないでしょう。ただ、少なくとも受診希望の有無が争いになる場合に備えて、受診を希望しない場合はその旨の署名をもらっておくことは有効な対策です。また、健康障害を防止するためのストレスチェックを実施するだけの具体的必要性がある場合には、会社が受診命令も出すことも必要になるでしょう。

 

(3) 厚労省はストレスチェックの結果、高ストレスと判断されれば、医師による面接指導を申し出る人が半数以上はいるだろうというデータを出しています。しかし、個人情報の管理に不安を抱いたり、結果を会社が認識することで低評価やリストラの対象とされるなど不利益な取扱を受けるとの不安を抱くのではないかと考えると疑問です。もちろん、面談指導を希望する従業員に対して申し出をしたことを理由に不利益な取扱をすることは禁止されていますが、それでも面接指導を求めることに二の足を踏む労働者が多く発生することは想像に難くありません。

そうすると、会社としては、従業員のストレス状況を把握できなくなります。そこで、ストレスチェックの結果(少なくともハイリスク者の結果だけでも)を会社が知ることができるように従業員に説明を行い予め同意を得ておくといった体制が求められます。それが難しい場合は、例えば、ストレスチェック実施時に、「同意しません」という項目を設けチェックさせる(逆に言うとチェックがない場合は同意があるものとして扱う)といった工夫は必要でしょう。

 

ストレスチェックは決して万能ではありません。しかし、導入する以上は十分に活用出来るように社内体制を整えておくべきです。就業規則の整備研修(セルフケア、ラインケア)の実施、医師との面接申出の窓口や相談窓口の設置と周知徹底はもちろん、産業医が高ストレス者に対して直接、従業員にアクションをとってもらうような契約を締結しておく、などが有効な対策です。

 

最後に、これからストレスチェック制度やメンタルヘルス対策を実施しようとする企業にお勧めの助成金をご紹介します。

「中小企業労働環境向上助成金」における「健康作り制度」の導入です。これは従来、介護サービスの提供事業主だけが対象だったのですが、今年(平成26年)の4月から、介護事業以外に拡大されました。

健康作り制度とは、法定の健康診断以外の健康作りに資する制度であって、その中にメンタルヘルス相談が含まれています。これを上手く活用してみましょう。

なお、支給金額は30万円です。

本助成金の詳細については、厚生労働省のHPをご覧下さい。

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