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社会保険労務

平成30年2月26日

42.応募者・従業員に対する調査 その1

はじめに

従業員を採用する際には、採用募集に応募してきた人物がどのような人物であるか、できる限り情報を集めた上で、その採否を決定したいと思うでしょう。また、採用後に業務遂行の適性について何らかの疑いが生じた場合に、当該従業員に対して何らかの調査を行いたいと考える場合があります。しかし、その場合、従業員のプライバシーや個人情報の関係で問題を孕む場合もありますし、場合によっては従業員との間で大きなトラブルに発展しかねません。

そこで、「応募者・従業員に対する調査」がどこまで許されるのかというテーマでお話をしたいと思います。今回は、特に採用選考の場面における応募者に対する調査について少しお話しします。

採用選考時の調査について

(1)会社が従業員を採用するにあたって、何人雇用するか、募集方法をどのようにするか、採用する際にどの点に重点を置いて採用すべき者を選択するか、最終的に雇用契約を締結するか否か、などについては自由に決定できるとされています。そして、応募者が特定の思想や信条を有していることを理由に採用を拒否することも認められています。ただ、会社が応募者の思想や信条まで調査できるか、応募者に申告を強制できるかは別問題です。

会社としては、業務に相応しい人材かどうかについて、できるかぎり様々な情報を収集した上で決定したいと考えるのが通常でしょう。しかし、その情報の多くは個人情報であるとともに、本人のプライバシーに直接関係する事項や、本人の業務への適正や業務遂行能力を評価する上でまったく無関係な情報が含まれることがあります。

 

(2)まず、個人情報の調査については、個人情報保護法との関係が問題になります。

この点、平成29年の個人情報保護法の改正により、保有している個人情報が5000人以下の事業者であっても、個人情報取扱事業者として同法の適用対象になりました。今まで適用対象外とされていた中小企業も同法の対象事業者となりますので注意が必要です。

個人情報保護法では、一般的に個人情報の取得について個人の個別の同意が必要とはされていませんが、「個人情報取扱事業者は、偽りその他不正の手段により個人情報を取得してはならない」(個人情報保護法17条1項)とされていますので、情報取得方法に違法性があれば問題となります。そして、個人情報を取得する際には、利用目的を事前に通知あるいは公表しておく必要があります。具体的な方法としては、採用時の募集要綱や就業規則に記載しておくことが一般的でしょう。

また、平成29年の改正により、個人情報の中に「要配慮個人情報」という分類が新設され、この「要配慮個人情報」については、原則として、本人の同意がない限り取得が禁止されました。「要配慮個人情報」とは、その取扱方法によっては不当な差別や偏見を生じさせるおそれがあるとされる情報であり、具体的には、人種、信条、社会的身分、病歴、犯罪歴、犯罪による被害歴などに関する個人情報を指します。

 

(3)厚生労働省の指針では、会社が従業員から個人情報を収集する場合は、「本人から直接収集し、又は本人の同意の下で本人以外の者から収集する等適法かつ公正な手段によらなければならない」とされています。確かに、会社が個人情報を取得することは、人権やプライバシーと抵触する可能性もありますので、個人情報を取得する際には、できるかぎり本人の明確な同意を得ておく方が望ましいとは言えるでしょう。

この点、本人が質問に対して積極的に回答する以上、同意があるものとみなして、その情報を取得しても問題ないという考え方は危険です。応募者は皆採用を目指して選考に臨んでいるのであり、質問された事柄については、採用基準の1つであり採用の可否に影響すると思ってしまいますので、答えたくないと思っていても事実上回答を強制されていると感じてしまう可能性があるからです。ですので、回答をしたからといって個人情報の提供について真摯に同意したといえるかは疑問です。利用目的を記載した上で個別に同意書をもらうといった対応が必要になるでしょう。ただ、法律上同意が必要とされている「要配慮個人情報」は、その多くが本人に責任のない事項や、仕事を行う上での本人の適性や能力とは関係のない事項ですので、そもそもこれらの項目を調査する必要性は低いものと思われます。

 

(4)厚生労働省は、「公正な採用選考を目指して」という事業所啓発用のガイドブックの中で、「採用選考時に配慮すべき事項」を幾つか挙げています。

そこで挙げられているのは以下の項目です。

[本人に責任のない事項の把握]

「本籍・出生地」に関すること
「家族」に関すること(職業・続柄・健康・地位・学歴・収入・資産など)
「住宅状況」に関すること(間取り・部屋数・住宅の種類・近隣の施設など)
「生活環境・家庭環境など」に関すること

[本来自由であるべき事項(思想・信条にかかわること)の把握]

「宗教」に関すること
「支持政党」に関すること
「人生観・生活信条など」に関すること
「尊敬する人物」に関すること
「思想」に関すること
「労働組合(加入状況や活動歴など)」、「学生運動などの社会運動」に関すること
「購読新聞・雑誌・愛読書など」に関すること

[採用選考の方法]

「身元調査など」の実施
「全国高等学校統一応募用紙・JIS規格の履歴書(様式例)に基づかない事項を含んだ応募書類(社用紙)」の使用
「合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断」の実施
 

以上の項目は、仕事を行う上での本人の適性や能力とは関係のない事項であり、就職差別につながるおそれがあるとして、行わないように指導されています。

 

(5)上記の⑭の健康診断については、法律上義務づけられている雇用時の健康診断(労働安全衛生規則第43条)とは異なります。その前段階の採用選考時点で、健康診断を行ったり、健康診断書の提出を求めることを控えるようにとの指導です。

ただし、業種によっては健康状態を確認する必要があるものもあります。例えば、運転を行う業務で、応募者がてんかんといった私傷病を持っているか否かは非常に重要な情報です。また、食品製造会社において、食品に直接触れる業務に携わる際に当該食品に対するアレルギーがあるか否かといった情報を把握したり、高所で作業する業務に従事する場合に、貧血の有無を判断するために血液検査を行うといったことが必要になる場合もあると思います。その場合は、従業員の同意を取得した上で実施することは許されるでしょう。「合理的・客観的に必要性が認められない」とはそういう意味であると考えられます。

また、病気を抱えながら就職を希望する人に対する配慮も必要です。特にがん患者は3人に1人は働く世代で罹患すると言われていますが、治療方法も入院治療から外来治療中心に変化し、医療の進歩も相俟って、治療を続けながら就労可能な場合が多いという現状があります。就労にあたって特別な配慮が必要な場合、会社には安全配慮義務があるので、積極的にその旨の申告してもらうべきだと思いますが、その場合も会社として病歴や病状について、本人の同意を取得した上で情報収集しておくべきでしょう。

 

(6)最後に、本人の犯罪歴に関する調査の可否について触れておきます。

犯罪歴は、個人情報保護法でいう「要配慮個人情報」に該当しますので、取得する際には本人の同意が原則必要となります。したがって、前述したとおり、事前に同意書を取得しておくか、無回答でも構わない旨を明記した質問票を用意しておくかといった対応が必要です。ちなみに、個人情報保護法成立前の判例ですが、犯罪歴のように、会社が職場への適応性や貢献意欲、企業の信用保持など企業秩序の維持に関係する事項について申告を求めた場合、従業員に真実を告知すべき義務を認めたものもあります(炭研精工事件・最高裁平成3年9月19日)。

また、採用時には「ない」と答えたのに、雇用後に犯罪歴があったことが判明した場合には、経歴詐称に該当し、就業規則に規定があれば、解雇あるいは懲戒処分事由の対象とできることがあります。ただし、犯罪歴には確定していない有罪判決は含まれないとされていますので、例えば、公判中であったり、起訴猶予処分により釈放された事実については申告しなかったとしても問題にはなりません。また、犯罪歴の有無が労働力の評価に影響を及ぼさない場合や、採用後長期間が経過した後に発覚したものの従前の勤務態度に問題がない場合などは、解雇等が許されない場合もあります。

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