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社会保険労務

平成30年4月7日

43.応募者・従業員に対する調査 その2 ~私用メールのモニタリング~

前回は、採用選考の場面における応募者に対する調査を中心にお話ししました。

今回は、従業員が会社のパソコンや携帯電話等で行う電子メールの内容について、会社が確認・閲覧すること、いわゆる電子メールのモニタリングの可否についてお話しします。

例えば、とある従業員が電子メールにより他の従業員に対して誹謗中傷を行っている、あるいは、他者に会社の機密情報や従業員の個人情報等を漏洩していることが疑われるなど、従業員に服務規律や法律に抵触する行為を行っている疑いが生じた場合、当該従業員が過去に送受信した電子メールの送受信日時や宛先、内容を調査すること、そして、今後もそれらを監視していくことはできるでしょうか

会社が従業員に貸与しているパソコンや携帯電話は会社の所有物であり、その電気代や通信費は会社が負担しています。したがって、会社がパソコン等を管理しその使用方法を決定でき、その管理権に基づいて、従業員による私的な利用を禁止することができます。

また、従業員は、勤務時間中は職務に専念するという職務専念義務を負っています。従業員が勤務時間中に私的に電子メールを利用することは、この職務専念義務に違反する行為となります。

そして、従業員が業務とは無関係に電子メールを行うことは、機密情報や個人情報等の流出、誹謗中傷による社内秩序の混乱といった様々な問題が生じる可能性もあります。

以上より、会社が従業員の電子メールの調査を行うこと自体は特に否定されておりません。

しかし、一方で、従業員が私的な電子メールの送受信を行っている場合、その内容を閲覧することは、従業員のプライバシー権と抵触する可能性がありますので、どの程度までの調査が許されるのかが問題となります。

まずはこの点に関する代表的な裁判例を2つご紹介しておきます。

(1)「F社Z事業部事件」(H13.12.3東京地裁判決)

これは、セクハラに絡んだ調査の過程で、従業員の私用メールを上司が本人に無断で閲読したことを理由に、当該従業員が会社に対して損害賠償請求を行ったという事例です。

裁判所は、従業員に私用メールに一定のプライバシーはあるものの、社内のネットワークシステムを会社が保守・管理していることなどをも考慮すれば、従業員のプライバシーの保護は、当該システムの具体的情況に応じた合理的な範囲内での保護を期待し得るにとどまると判断しました。そして、私用メールの程度も限度を超えていたとして、上司による監視行為に違法性はないとして、従業員の請求を認めませんでした。

本判決で特筆すべきこととしては、プライバシー権侵害となるような場合は、監視の目的、手段及びその態様等を総合考慮し、監視される側に生じた不利益とを比較衡量の上、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合であるとして、以下のような場合を挙げている点です。

職務上従業員の電子メールの私的使用を監視するような責任ある立場にない者が監視した場合
責任ある立場にある者でも、これを監視する職務上の合理的必要性が全くないのに専ら個人的な好奇心等から監視した場合
社内の管理部署その他の社内の第三者に対して監視の事実を秘匿したまま個人の恣意に基づく手段方法により監視した場合

(2)「日経クイック情報事件」(H14.2.26東京地裁判決)

こちらは、従業員を誹謗中傷する電子メールが送られてきたために会社が調査を行ったところ、私的メールが発覚したため、会社がメールのモニタリングを行ったことに対して、当該従業員が損害賠償請求を行ったという事例です。

裁判所は、プライバシーの問題には触れずに、職務専念義務違反になる上に、私用で会社の施設を使用する企業秩序違反行為になること、多量の私用メールの存在が明らかになった以上調査の必要が生じたこと、私用メールであるか否かはその題名だけでは的確に判断できないため内容から判断する必要があること、などから、モニタリングの必要性を認めました。また、電子メールの調査の予定を事前に当該従業員に告知しなかったことについても、調査への影響を考慮すれば不当ではないとしています。

 

以上の裁判例も踏まえた上で、会社のとるべき対応を考えてみましょう。

(1)上記2つの裁判例では、いずれも就業規則において電子メールに関する規程は明記されていませんでした。そのことが従業員とトラブルになった1つの原因であると考えられます。

そこで、まず、就業規則等において電子メールの利用に関する規制について明記しておくことが重要です。

内容としては、「業務時間中に私用メールを行わないこと」が主となりますが、その他にも「メール送信の際は情報漏洩に細心の注意を払うこと」、「会社の名誉や信用を害する内容あるいは他の従業員を誹謗中傷するような内容のメール送信を行わないこと」といった規定や、職務専念義務という観点から、「業務に関係のないホームページの閲覧を禁止する」といった規定を加えても良いと思います。そして、「これらのルールの遵守状況を調査するため会社が電子メールの内容をチェックすることがあること」「私的利用や不正使用については服務規程違反となり懲戒事由等に該当する可能性があること」も明記しておきましょう。

(2)次に、実際の運用ですが、情報漏洩や誹謗中傷についての漠然とした疑いだけで調査を行うべきではありません。会社の規律違反行為が存在することと、その行為に当該従業員が関与していたことを疑うに足るだけの合理的な根拠が必要となります。調査を行う前に、規律違反行為の内容とその重大性、当該従業員の関与の程度について十分に検討しておきましょう。

そして、上記のF社Z事業部事件判決の内容を参考にすると、直属の上司等の責任者だけが他の管理職の許可を得るなどした上で閲覧することが必要です。間違っても個人的な興味関心を満たすために閲覧してはいけません。手順としては、まずはメールの送受信者、日時、件名、添付ファイルの有無などの外形的事実だけで調査の目的を果たせるか否かを検討します。業務と無関係と思われるメールが多数発見された、あるいは企業機密の漏洩等のおそれが具体的に確認された場合に初めて内容の確認を行います。なお、会社が貸与しているものではない従業員個人の私物である携帯電話やパソコン等の調査を強制的に行うことはできません。

 

(3)最後に、私的メールの利用が確認できた場合は、当該従業員に対する処分を検討することになります。この点、就業時間中に私用メールを行ったこと等を理由として行った解雇の無効を訴えた別の事例では、「就業規則に私用メールを禁止する規定がないのであれば職務遂行の支障とならず、また、会社に過度の経済的負担を掛けない程度(1日2通程度)で私用メールを送受信しても、職務専念義務に違反しない」とした裁判例があります。ですので、軽微な私的利用を行った従業員にまで厳格に対処することは、その処分が合理性を欠くと判断されてしまう可能性があります。もちろん、私的メールの頻度自体は少ないとしても、その結果、機密情報の漏洩や悪質な誹謗中傷がなされた場合は、企業秩序違反行為として十分懲戒処分の対象になります。

懲戒処分を行う場合には、私用メールの頻度やその内容、業務への支障の程度、会社への損害・危険性の有無・程度などを総合考慮して判断することになります。

 

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