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社会保険労務

令和元年12月8日

52.職場におけるパワーハラスメントについて ①

はじめに

今年の5月に、職場におけるパワーハラスメント(以下、「パワハラ」といいます)の防止措置を企業に義務付ける労働施策総合推進法などが成立し、その中で、これまで明確な定義がなかった職場におけるパワハラについて、一応の定義付けがなされました。また、10月には、「職場におけるパワーハラスメントに関して雇用管理上講ずべき措置等に関する指針」の素案が提示されました。あくまで素案であり、労働者側からパワハラの範囲を限定的に捉えすぎだという批判も出ていることから、今後修正される可能性は高いですが、厚労省は、年内の指針策定を目指しているとのことです。

そこで、今回は、パワハラに関する基本的事項について概説したいと思います。

パワハラのリスク

事業主がかかえるパワハラのリスクとしては、まずは、職場の士気の低下や退職等による人材流出による生産性の低下が挙げられますが、それだけではありません。

加害者だけでなく、会社も損害賠償責任を負う可能性があります。つまり、会社は使用者責任として、加害者である従業員が会社の業務上で与えた損害を賠償する責任を負う場合があります。また、職場でのパワハラにより精神疾患に罹患する従業員がいた場合、労災の対象となり、会社に安全配慮義務違反が認められる可能性もあります。

損害の内容としては、①積極損害(治療費・葬儀費用など)、②消極損害(休業損害、逸失利益など)、③慰謝料(入通院・後遺障害・死亡について)が挙げられますが、特に②は高額化する可能性があり、例えばパワハラが原因で従業員が退職した場合、違法行為がなければ1年間は勤務していたとして、1年間の年収分相当額として、800万円ないし900万円が認められた事例もあります。

会社にとって、パワハラについて理解し、その対策を講じておくことは、企業のリスクマネジメントとしては無視出来ない重要な経営課題であるといえます。

職場におけるパワハラとは

(1)上で述べた労働施策総合推進法では、職場におけるパワハラは、以下のように定義付けられました。

職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③の要素を全て満たすもの

その上で、事業主に、労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体勢の整備その他雇用管理上必要な措置を講じなければならないとし、また、相談を行った従業員あるいは相談対応に協力した際に事実を述べた従業員に対して、そのことを理由に解雇その他不利益な取扱いをしてはならない、としています。

(2)「職場」については、通常就業している場所以外の場所であっても実際に従業員が業務を遂行している場所は含まれることになります。

「労働者」には、正社員だけでなく、パートタイム労働者、契約社員など、事業主が雇用する全ての労働者が対象となります。派遣労働者については、派遣元事業主だけでなく、派遣労働者を受け入れている派遣先事業主にも、同様に、相談への対応や雇用管理上必要な措置が求められ、役務の提供を拒むなど当該派遣労働者に対する不利益な取扱いを行ってはならないとされていますので、注意が必要です。

(3)①の「優越的な関係」については、職務上の地位だけに限りません。同僚や部下であっても、業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、その者の協力がなければ業務の円滑な遂行が困難であったり、集団での言動により抵抗や拒絶が困難な場合も含まれます。実際の相談事例でも、先輩・後輩間や同僚間、あるいは部下から上司に対するパワハラに関する相談が増えているのが現状です。

(4)②の「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」という意味は、指針の素案では、

・ 業務上明らかに必要のない言動

・ 業務の目的を大きく逸脱した言動

・ 業務を遂行するための手段として不適当な言動

・ 当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動

などを含むとされています。

違法なパワハラに該当するか否かについては、業務上必要かつ相当な指導や叱責との区別が問題となります。形式的で画一的な判断基準があるわけではなく、様々な要素に基づいて判断するとされており、当事者の関係性や、労働者の問題行動の内容や程度も大きく影響するところですが、部下に対して指導や叱責を行う立場としては、違法なパワハラであると言われないためにも、以下の点に注意する必要があります(以下、○は違法ではない、×は違法だと判断されやすい要素を表します)。

ア 動機や目的の正当性

○ 労働者に問題となる行動がある

× 注意や指導を行う必要がない

× 同じような問題行動を行う従業員がいる中で、特定の労働者に対してのみ注意や指導を行う

× 日頃から悪口を言ったり折り合いが悪い中で、些細なことで注意を行う

イ 人格的配慮

○ 労働者の人格を非難するような注意・指導を行わない

○ 別室で注意・指導を行う(他の従業員に知られないような配慮を行う)

× 他の従業員が聞いている場所や伝わる方法で公然と注意・指導を行う

○ 本人と面と向かって対話しながら注意・指導を行う

× メール等を一方的に送りつけるだけで、本人の言い分を聞かない

○ 指導・注意を行った後に精神的なフォローを行う

○ 業務を離れた場所(飲み会など)では、注意した内容を引きずらない

ウ 注意・指導の態様

○ 注意・指導の時間について通常必要な時間にとどめる

× 感情的になったり、暴言を言う

× 複数名で取り囲むなど威圧的・高圧的な態度で接する

× 注意・指導時に暴力や暴行を行う

○ 問題点を指摘して改善策を提示し暫く様子を見る

× 同じことを何度もネチネチと指摘する

職場におけるパワハラの類型

指針の素案でも示されているとおり、パワハラは以下の6類型に分類されるとしています。

身体的な攻撃(暴行・傷害)
精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言)
人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)
過大な要求(業務上明らかに不要なことや不可能なことの強制、仕事の妨害)
過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験に照らして程度の低い仕事の強要、仕事を与えない)
個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)

それぞれの類型の具体例についても例示されていますが、パワハラの範囲が狭すぎるとの批判もなされており、正式な指針の作成時には内容が変更されている可能性があります。

 

次回は、過去に裁判例で問題になった事例のご紹介と、パワハラが生じた場合の対応策及びパワハラが起こらないための未然防止策についてお話します。

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