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社会保険労務

令和2年4月1日

55.賃金請求権の時効延長に関して 労働時間について その1

前回お伝えした賃金請求権の時効延長に関する改正労働基準法について、先日(2020/3/27)の参議院本会議で可決成立したようです。もう少し先になるかと思われましたが、予定通り成立の運びとなり、その結果、新民法の施行と合わせて、4月1日から、賃金請求権の時効が2年から当面の間3年に延長されることになりました。具体的な改正案の内容については、前回の連載を参照してください。今回は、時効延長の対策を行う上で事業主が知っておくべき基本的知識及び裁判例についてご紹介したいと思います。

「労働時間」概念の重要性

前回、未払賃金を発生させることのリスクについてご説明いたしました。

労働基準法において、賃金とは、賃金、給料、手当、賞与などといった名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいうとされており(11条)、賃金は労働の対価として支払われるものということになります。

つまり、未払賃金の発生を防止するためには、前提として、賃金支払の対象となる「労働時間」の概念をきちんと押さえておくことが重要になってくるわけです。

労働時間の定義と裁判例

労働時間の定義を考えるにあたって、労働時間性が問題になった重要な最高裁判例を2つご紹介します。

 

(1)三菱重工長崎造船所事件(最高裁平成12年3月9日判決)

[事案の概要]

Y社は就業規則において一日の所定労働時間を8時間と定め、①更衣所での作業服・保護具等の装着・準備、体操場までの移動、②資材等の受出し及び月数回の散水、③作業場から更衣所までの移動、作業服等の脱離、④その他一連の行為を所定労働時間外に行うよう定めていた。

Xらは、①~④に要する時間は労基法上の労働時間であるとして、Y社に対して、割増賃金を請求。

 

[判決の要旨]

労基法上の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない

労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法の労働時間に該当すると解される。

Xらは①~③の行為を義務付けられていたものであり、Y社の指揮命令下に置かれていたものと評価できるので、労働時間に該当する。

(2)大星ビル管理事件(最高裁平成14年2月28日判決)

[事案の概要]

Xがいわゆる泊まり勤務の間に設定されている連続7時間ないし9時間の仮眠時間が労働時間に該当するとして、Y社に対して時間外割増賃金等の支払を請求。

[判決の要旨]

不活動仮眠時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる。

本件では、Xらは、本件仮眠時間中、労働契約に基づく義務として、仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに相当の対応をすることを義務付けられているのであり、実作業への従事がその必要が生じた場合に限られるとしても、その必要が生じることが皆無に等しいなど実質的に上記のような義務付けがされていないと認めることができるような事情も存しないから、本件仮眠時間は全体として労働からの解放が保障されているとはいえず、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価することができる。

したがって、本件仮眠時間は労基法上の労働時間に当たるというべきである。

(1)の判例がいうように、労働時間の該当性は、就業規則等での規定の有無や当事者の同意にかかわらず客観的に決定されることになります。そして、労働時間とは「労働者が使用者の指揮監督・命令の下にある時間」をいいます。この使用者の指揮監督・命令とは明示的なものに限らず、黙示的なものも含まれます。また、(2)の判例から、労働者が具体的な作業に従事していなくても業務が発生した場合に備えて待機している時間も使用者の指揮命令下に置かれたものと評価され、労働時間に該当することになります。つまり、仮眠時間であっても労働から完全に離れることが保障されない限り休憩時間とはみなされず、労働時間に該当することになります。

その他労働時間に該当するか否かが問題となるケースについていくつかご説明します。

(1)始業前の清掃、朝礼、終業後の後片付けなどは、就業規則や内規などで会社の指示として明記されていなくても、黙示で指示されていたり、従業員が行わざるを得ない状態であれば(例えば、当番表が社内に掲示されていたことを事業主が認識していたが何も言わなかった場合や、作業に参加しない従業員に対して人事考課においてマイナス評価を行うなど何らかの不利益な取扱いがなされていた場合など)、労働時間に該当することになります。

(2)会社の指示が特にない状態で、従業員が自主的に残業した場合の残業時間については、会社が黙認して特に退社命令などを出していない場合には、労働時間に該当します。自主的な残業を防ぐために、残業について事前承認制とすることも有効です。会社が残業禁止命令を出したにもかかわらず残業を行った場合は、業務命令に対する違反であり労働時間には該当しません。但し、事前承認制を採用し、一般に残業禁止命令を出していたとしても、実際に従業員が残業を行っている実態にあり、そのことを会社が認識しているにもかかわらず何も言わなかった場合や、残業せざるを得ないような業務量の指示を行っていた場合には、黙示の指揮命令があったとして労働時間に該当する可能性がありますので、注意が必要です。

(3)終業時刻後の飲み会や研修、社員旅行などについては、参加を強制されたり、参加しないことにより人事考課においてマイナス評価になるなど何らかの不利益な取扱いがなされた場合などは、労働時間に該当します。要は自由参加が保障されているか否かがポイントなります。上司が出欠を確認し、欠席する人にその理由を執拗に尋ねた場合は、自由参加が保障されているとは言えないと判断される可能性もありますので、注意が必要です。

(4)会社から携帯電話を貸与されている場合で、自宅にいる間も携帯電話の電源をオンにし、会社や取引先から連絡があった時に対応するように義務付けられている場合は、労働から解放されているか否かが判断のポイントなりますが、特定の時間や特定の場所にいることを義務付けられておらず、電話がかかってこなければ自由に過ごすことが保障されていれば、労働時間には該当しません。但し、実際に会社や取引先から電話がかかってきて対応した時間は労働時間に該当します。

(5)出張中の移動時間については、通勤とみなされ労働時間には該当しません。例えば始業時刻が9時の会社の従業員が、朝7時に自宅を出て出張先に直行した場合に、その移動に要した時間は労働時間にはなりません。但し、例えばその移動時間中に貴重品を運ぶことが求められるなど、従業員に何らかの義務が課されている場合は、労働時間に該当し得ることになります。

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