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社会保険労務

令和2年9月29日

60.労働保険の改正(複数就業者に関して)

以前に、今年の主な改正内容として、労働基準法における賃金請求権の時効延長についてお話ししました(詳細はこちらをご覧ください)。

今年の通常国会では、それとともに、労働保険(労災保険・雇用保険)についても重要な改正がなされていますので、今回はそのうち、複数就業者等に対するセーフティネットの整備等に関する改正についてお話しいたします。

複数就業者の労災保険給付の改善

複数の事業場で就労し、それぞれから賃金の支給を受けている複数就業者について、被災パターンとして考えられる、「事故による負傷等または一の就業先の負荷に起因する疾病等の場合」と、「それぞれの就業先の負荷のみでは業務と疾病等との間に因果関係が認められない場合」について、給付額の充実補償対象の見直しが図られました。

具体的には、以下のとおりです。

 

(1)給付額の充実

事故による負傷等または一の就業先の負荷に起因する疾病等の場合、災害が発生した事業場と、そうでない事業場(非災害発生事業場)とは明確に区別されます。そして、以前は、労災保険給付のベースとなる給付基礎日額を算定する際には、災害発生事業場の賃金のみを給付額のベースとしていました。しかし、一方の事業場で被災した従業員は、もう一方の事業場でも就労を継続することが困難であることは容易に想定されるため、労働者保護に欠ける部分がありました。

そこで、今回の改正により、給付額の算定にあたっては、非災害発生事業場の賃金額も合算することになりました。

 

(2)補償対象の見直し

それぞれの就業先の負荷のみでは業務と疾病等との間に因果関係が認められない場合、これまでは、いずれの就業先も災害補償責任を負いませんでした。しかし、複数就業者の場合、長時間労働・過重労働に陥ることが多く、疾病を発症するケースも増えることが予想されます。

そこで、今回の改正により、複数就業先での業務上の負荷を総合して評価することにより疾病等との間に因果関係が認められる場合には、労災保険給付を行うことになりました。

 

なお、保険給付額は、(1)同様に、2事業場の賃金を合算した額を基礎として算定されます。

 

いずれも施行は令和2年9月1日ですので、同日以降に発生した労災について適用されます。

今回の改正によっても、非災害発生事業場の事業主が災害補償責任を負ったり、非災害発生事業場での賃金を基礎とする給付分まで責任を負うことはありませんし、複数就業先での業務上の負荷を総合評価して労災認定がされる場合も、それぞれの就業先との関係では因果関係が認められない以上、それぞれの就業先が災害補償責任を負うことはありません。但し、非災害発生事業場からの賃金額が保険給付の算定基礎となるので、その金額把握のための手続きには協力が必要となることがあり得る点は留意しておきましょう。

 

複数就業者の雇用保険加入の特例

従来、雇用保険の被保険者とならなかった65歳以上の高齢者であっても、以下の要件のいずれにも該当するときは、厚生労働大臣に申し出ることにより、高年齢被保険者となることができます(施行は令和4年1月1日から)。

① 2以上の適用事業に雇用される65歳以上の者である

② 一の適用事業の週所定労働時間が20時間未満である

③ 2の適用事業(週所定労働時間が5時間以上のものに限る)の週所定労働時間の合計が20時間以上である

本人の申し出が前提ですので、申し出を行った日から被保険者となります。

給付額については、2つの事業所をともに離職した場合は、2つの事業所において支払われた賃金がベースとなり、1事業所のみを離職した場合は、離職した事業場において支払われた賃金のみがベースとなります。

なお、高年齢者が特例加入の申し出を行ったことを理由とする不利益取り扱いは禁止されます。

 

上記改正の背景には、政府が以前から提言していた副業・兼業の促進があります。

厚生労働省は平成30年1月に、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を作成しましたが、その内容も今年の9月に改定されています。

そこでは、裁判例での傾向を踏まえ、労働者が労働時間以外の時間をどのように利用するかは基本的に労働者の自由であるとし、各企業が例外的に、労働者の副業・兼業を禁止または制限することができる場合として、以下の場合を挙げています。

① 労務提供上の支障がある場合

② 業務上の秘密が漏えいする場合

③ 競業により自社の利益が害される場合

④ 自社の名誉や信用を損なう行為信頼関係を破壊する行為がある場合

 

確かに、多くの裁判例では、「労務提供上の支障や企業秩序への影響等を考慮した上で、(兼業を)会社の承諾にかからしめる旨の規定を就業規則に定めることは」良い(小川建設事件 東京地裁昭和57年11月19日)とする一方、実際に会社に対する支障等がない場合は、副業・兼業禁止に違反した従業員に対する処分を無効としたり、慰謝料請求を認める裁判例もあります。

上記の改正により労災保険における障壁がなくなり、また、雇用保険について、今回は試行的に高齢者のみを対象としていますが、今後も対象拡大が検討されていること、さらに、兼業・副業における社会保険制度や時間外労働の上限規制の検討も行われており、いずれ改正される可能性があることから、今後は、さらに労働者から副業・兼業を許容する声が高まることが予想されます。

使用者側にとっても、兼業・副業には、従業員が別のスキルや知識・経験を得ることで業務遂行の質の向上が期待出来る、得た情報や人脈を事業機会の拡大につなげ得る、従業員の定着率が向上する、従業員がやりがいを持ち主体的に働けるようになる、など種々のメリットが考えられますので、従来は兼業・副業の解禁に踏み切るのに躊躇していたものの、積極的に解禁する方向で検討する企業も多いと思います。

兼業・副業を認める場合、気を付けなければならないのは、2以上の事業場での労働時間を通算して法定労働時間を超える場合には、その超過時間に対して割増賃金を支払わなければならないという点です。例えば、①所定労働時間が8時間であるX社で、9時から18時まで休憩1時間で8時間労働したあと、②Y社で19時から22時まで3時間労働した場合には、通算労働時間が8時間+3時間=11時間となるので、Y社で勤務した3時間分について、Y社が時間外労働に対する割増賃金を支払わないといけません。

兼業・副業を行う従業員についての労働時間管理については、基本的に自己申告に基づかざるを得ない部分があります。そこで、兼業・副業を認めるあるいは解禁する場合は、許可制あるいは届出制にした上で、ガイドラインにも記載のあるとおり、以下の事項について確認するための仕組みを設けることが望ましいといえます。

・他の使用者の事業場の事業内容

・他の使用者の事業場で労働者が従事する業務内容

・他の使用者との労働契約の締結日、期間

・他の使用者の事業場での所定労働日、所定労働時間、始業・終業時刻

・他の使用者の事業場での所定外労働の有無、見込み時間数、最大時間数

・他の使用者の事業場における実労働時間等の報告の手続き

・これらの事項について確認を行う頻度

兼業・副業における労務管理の詳細については、また別の機会にお話ししたいと思います。

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