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社会保険労務判例フォローアップ

平成25年6月28日

2.再雇用者選定基準の運用について(津田電気計器事件判決)

事案の概要(特にポイントとなる点について下線部)

Xは、昭和41年3月7日、Y社との間で雇用契約を締結。
Y社の就業規則では、定年を60歳としていたが、その後、60歳から1年間嘱託として雇用するという取扱いを全従業員に適用するになった。
Y社は労使協定に基づき、「高年齢者継続雇用規程」(以下「本規程」という。)を作成し、従業員に周知する手続きをとった。

本規程の主な概要は以下のとおり。

ア 継続雇用を希望する高年齢者の中から、在職中の勤務実態及び業務能力を査定し、採用の可否及び採用後の労働条件を決定する。

イ 査定には、査定帳票(業務習熟度表、社員実態調査表、保有資格一覧表、賞罰実績表)の内容等を点数化し、総点数が0点以上のものを採用し、0点に満たない者は原則として採用しない

ウ 採用した高年齢者の労働条件については、点数が10点以上であれば週40時間以内の労働時間とし、点数が10点未満の者は週30時間以内の労働時間とする。

XはY社に継続雇用を希望する旨伝えていたが、平成20年12月15日、Y社はXに対して、本規程所定の継続雇用基準を満たさないことを理由に、嘱託雇用契約の終了日である平成21年1月20日をもって、再雇用契約を締結しないことを通知した。

その際、Y社は、複数年度の査定帳票を用いて継続雇用基準を満たすか否かを判断した。

 

本件は、以上の事実関係のもと、XがY社に対して、再雇用契約の成立を主張し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認と賃金の支払いを請求したという事例です。

争点

本件における大きな争点は、XとY社との間において継続雇用契約が成立したと認められるか、です。

本判決の判断

本判決は、控訴審での認定を前提に判断していますので、まずは、控訴審の判断とそれに比較するかたちで第一審の判断を見ていきます。

(1)まず、選定基準における人事考課の審査方法について問題になりました。

第一審(大阪地裁)は絶対評価によるべきとした上、査定帳票の1つである「社員実態調査票」の「上司評価」の認定が一部誤っているとして、総点数を5点以上10点未満(つまり、継続雇用の基準を満たしている)と認定しました。

一方、控訴審(大阪高裁)は、相対評価もやむを得ないとして、「上司評価」の判断はY社の判断を尊重しました。その上で、賞罰実績についての査定が誤りと判断し、総合点は1点になる(こちらも0点以上なので継続雇用の基準を満たしている)と認定しました。

 

(2)次に、本規程には査定にあたり単に査定帳票を用いるとしか記載されていないところ、本件では複数年度の査定帳票を用いていることから、判断資料の範囲について問題になりました。

この点は、第一審も控訴審も本規程の解釈上、直近の単年度の査定帳票によるべきと判断しました。特に控訴審では、複数年度の査定帳票を用いるとの内容は全く記載されていない以上、例えば何年分用いるのか、点数を平均するのか、最も高い評価点数を採用するのか、といった採点方法も不明であるとして、規程から読み取れないような選定基準の運用は許されない、と指摘しています。

 

(3)その上で、控訴審は、当該労働者が選定基準を満たす場合には、Y社に継続雇用を承諾する義務が課せられているとし、不承諾とすることは、解雇権濫用法理を類推適用して会社の権利濫用にあたるので、労働者に不承諾を主張できない結果、継続雇用契約が成立したものと扱われる、と判断しました。

 

そして、最高裁判決である本判決は、Xが嘱託雇用契約終了後も雇用が継続されるものと期待することには合理的な理由がある一方で、Y社がXの雇用を終了したものとすることは、他にこれをやむを得ないものとみるべき特段の事情もうかがわれない以上、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められない、と判断しました。

なお、再雇用後の労働条件については、週30時間未満となるべき事情は認められないとして、週30時間となるのが相当としました。

コメント

まず、高年齢者の再雇用をめぐる最近の法改正の状況について整理しておきましょう。

(1)平成18年に施行された「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(以下「高年法」という。)の改正法により、事業主に対して、①定年の引き上げ、②継続雇用制度の導入、③定年の定めの廃止、のいずれかの措置をとることが義務づけられました。

このうち②の継続雇用制度とは、事業者が雇用している高年齢者を希望に応じて定年後も引き続いて雇用する制度をいいますが、事業主と従業員の過半数代表者との労使協定により再雇用基準を定めておけば、その基準に該当する高年齢者のみを継続雇用する取扱いも可能でした。実際、継続雇用制度を採用する企業が多くを占めていました(平成22年の厚労省の集計によると、高年齢者雇用確保措置をとる企業の83.3%が継続雇用制度を採用)。

本判決のY社も②を選択し、再雇用基準を定めていたのですが、その運用をめぐって継続雇用希望者との間で争いになったという次第です。

 

(2)現在は、さらに平成24年の高年法改正により、平成25年4月1日から、②の継続雇用制度に関する労使協定による再雇用基準制度が廃止されました。その趣旨は、老齢厚生年金の報酬比例部分の年金受給開始年齢の引き上げに伴い、労使協定で定める基準によって継続雇用制度の対象外とされ、他の企業への就職もできない人については、賃金も年金も支給されないという状態になってしまうので、それをできるだけ防ぐことにあります。

ただし、経過措置として、年金受給開始年齢が平成37年まで段階的に引き上げられるのに対応して、その間、継続雇用制度の対象者となる高年齢者に係る基準を、支給開始年齢以上の者を対象に利用できることになっています。もっとも、労使協定を平成25年3月31日までに整備していない会社は対象外となりますので、ご注意下さい(労使協定において制度さえ準備しておけば、その内容を4月以降に改訂することは可能です)。

では、本判決を踏まえて会社としてどのような対策が求められるでしょうか。

(1)控訴審では解雇権濫用法理という言葉を用い、最高裁でも直接言及はしていませんが、それと同様の判断基準を示していると評価できます。

実際、平成18年施行の改正以前は継続雇用希望者の再雇用後の地位確認は認められない傾向にありましたが、同改正後は、認められる判決は増えてきた傾向が見られます。そして、平成25年4月以降は原則として、労使協定で基準を定めた上での継続雇用制度は認められなくなり、単に経過措置を認めているにすぎないことを考えると、その傾向は強まることが予想されます。

現在継続雇用制度を採用している会社にとっては、その内容及び運用について見直す必要があります。

(2)また、本判決は、選定基準の判断資料について、継続雇用規程から読み取れないような運用は許さないとし、査定帳票も直近のものに限るという判断をしています。とはいえ、複数年度の資料を用いること自体を否定しているわけではありません。そのための明確な規定が必要だということです。

継続雇用希望者の選定方法を就業規則及び労使協定に明確に規定しておき、実際の運用に際しては、拡張解釈することなく適用することが求められます。

(3)さらに、控訴審は査定にあたって相対評価も可能であるとしましたが、これは具体的事情のもとで、相対評価としても差し支えないと判断できる諸事情があったからとも言えます。そこで、相対評価の指標による場合は、評価項目及び内容を適切なものにすることに加え、評価者の恣意を排除するだけの客観性が求められているといえます。

※諸事情とは、複数人が評価に関与できるプロセスになっていたこと、会社として適正な人事管理のための評価を目指す体制作りをしていたこと、退職前10年間のXの評価において標準に達しない労働者と評価されていたこと、評価結果の分布が全体として偏りのない評価結果になっていたこと、など
 

会社としては、高年齢者の継続雇用に限らず、昇格・昇給の際や賞与支給の際、あるいは有期契約社員の再雇用の際など、就業規則や労使協定において会社独自の判断基準を設ける機会は多くあると思いますが、できる限り客観的で明確な基準を規定する必要があるとともに、その文言に忠実な運用を行うことに気を配る必要があります。

人事考課の具体的な方法に関しては、また別の機会にお話ししていきたいと思います。

参考

平成23年(受)第1107号 地位確認等請求事件(津田電気計器事件)

平成24年11月29日 最高裁第一小法廷判決

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