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平成26年7月31日
労働時間の管理は会社にとって悩ましい問題だと思いますが、営業社員など、会社の外で仕事をするため労働時間の把握が難しい従業員については、「事業場外みなし労働時間制」という制度が用意されています。これは、一定の場合、あらかじめ定められた時間を労働時間とみなすことができる制度で、事業者にとって労働時間の管理が不要という点で、労務管理上便利な制度です。
今回ご紹介する判例は、最高裁ではじめてその適用の可否が問題となり、否定された事案です。事業場外みなし労働時間制度の適用が認められないとどうなるか。所定労働時間を超えて労働していると主張され、時間外割増賃金の請求を受けるケースが増えてしまうというわけです。その意味で、実務に与える影響が大きいと思われる判決です。事業場外みなし労働時間制を採用している会社としては、早急に運用の見直しを図る必要があります。
本件は、以上の事実関係のもと、XがY社に対して、時間外労働を行ったとして、時間外割増賃金および休日割増賃金の支払いを求めた事案です。
本件の争点は、いわゆる「事業場外みなし労働時間制」が適用されるか否かです。
通常、会社は従業員の労働時間を管理・把握し、その労働時間に基づいて時間外割増賃金の支払額等を決定することになります。しかし、業務内容によっては、例えば会社の外で営業活動を行う場合など、会社が労働時間を管理することが困難な場合もあります。その場合、「事業場外みなし労働時間制」(労働基準法38条の2第1項
)というものが認められます。
労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。
これは、従業員が会社の外で業務に従事する場合で、会社側の具体的な指示が及ばず、労働時間の合理的な把握が難しい場合に、所定労働時間などあらかじめ定められた時間を労働時間とみなす、という制度です。
本件は、「事業場外みなし労働時間制」適用のための要件である「労働時間を算定し難いとき」に該当するかどうかの判断が問題になりました。
本判決は、「労働時間を算定し難いとき」にあたるかどうかの判断について、
といった事実を適示した上で、業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、Y社と添乗員との間の業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等に鑑みると、本件添乗業務については、これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く、「労働時間を算定し難いとき」にあたらないとして、事業場外みなし労働時間制を認めませんでした。
その結果、会社に時間外労働の割増賃金として約16万円及びそれと同額の付加金の支払を命じられました。
本判決は旅行の添乗員という特別な業務形態についての判断ですが、「事業場外みなし労働者制」の対象従業員として一番多いのは外回り中心の営業社員でしょう。
本判決は、「事業場外みなし労働時間制」の適用が認められるための具体的な基準を示したものではありませんが、適示された考慮事実を見る限り、適用が認められるためのハードルは高いことが窺えます。今後は具体的な通達等が出ることも考えられ、「事業場外みなし労働時間制」が限られた場合にしか認められなくなる可能性が高いといえます。「事業場外みなし労働時間制」が認められないと、時間外割増賃金を支払わないといけなくなるわけです。本判決では時間外労働の対象期間が約1週間でしたので、金額はそれほど高額にはなっていませんが、場合によってはもっと金額が増大しますし、同額の付加金の支払まで命じられることになると、かなりの痛手となります。会社としては至急今後の対応を考えないといけません。
その上で、今後の会社としての対応は2つ考えられます。
1つは、事業場外みなし労働時間制を継続適用するという方向です。
事業主にとって労働時間管理とは面倒な作業ですので、労働時間が一定時間にみなされることでその作業から解放されるのであれば、このまま適用を続けたいという気持ちは理解できます。
ただ、本判決が出たことで、適用自体が裁判所に認められない可能性があること、また、労働者から労働時間についての主張がなされた場合、労働時間管理をしていないため反論が難しいというリスクがあることは、十分理解しておく必要があります。
それでも、事業場外みなし労働時間制を採用するのであれば、本判決を踏まえて、具体的な業務に関する会社からの指示は必要最小限にとどめ、従業員が決定できる範囲をある程度広く認めておくことが必要でしょう。つまり、業務の目的や期限等の基本的事項についての指示は必要としても、それを超えて具体的業務内容を指示したり帰社時刻を指定するなど、具体的な指示を行わないことが必要です。例えば、営業社員であれば、担当地域が決められていたとしても、その範囲でどこをどういう順番で訪問するかは自由に決定できるようにすることです。また、携帯電話の所持を義務づけるまでは良いとしても、携帯電話を通じて随時指示を行ったり、従業員からの報告を義務づけることまではしない方が無難です。
そのほか、原則として事業場外において単独で業務遂行させた方が良いでしょう。グループで業務活動を行っていると、そのメンバーの中に労働時間の管理をする者がいると認定される可能性がありますので、注意しましょう。
一方、「事業場外みなし労働時間制」の適用をせず、自社で労働時間管理を行うといった方法も考えられます。本判決を踏まえて、こちらにシフトチェンジを考える事業主の方も多いのではないかと思います。
(1)その場合、出勤時及び退勤時に会社に寄ることになっており始業時刻や終業時刻が把握できる場合は良いのですが、そのいずれかのみ、あるいは両方把握できない(在宅勤務など)という場合には、労働時間の管理に関して、労働者の自己申告制によらざるを得ません。
その場合、労働者の申告に全面的に依存するべきではありません。会社として、当該具体的業務遂行にあたって通常必要とされる時間数を意識した上で、具体的な業務内容に加えて、当該業務遂行にかける時間についても指示を行うことが必要です。仮に使用者が指示した時間を超えたからといって労働時間を認めないという扱いは困難なので、その時間を前提とした時間外割増賃金を支給せざるを得ませんが、他の労働者と比較することで、作業効率の低さを理由に、賞与額や労働条件の見直し、契約更新の判断など人事考課に反映させることができます。また、申告された労働時間の正確性について実態調査の実施も可能であれば行うようにしましょう。
(2)さらに、同時に賃金設定の見直しを検討してみることをお勧めします。具体的には、いわゆる定額残業代制度の導入です。
例えば、本判決では日当が1万6000円でした。会社として本件業務に通常必要とされる労働時間が10時間であることを想定していたとすると、それが事業場外みなし労働時間制が使えないことにより、所定労働時間(例えば8時間)分の基本給として計算されてしまうと、必然的に想定よりも時間外労働の単価が上がってしまいます。そうであれば、今後は、「基本給+3時間分の定額残業代」の合計額を1万6000円にする、といった賃金体系にするということが考えられます。もちろん賃金規程を不利益に変更する場合は従業員の同意が必要ですが、人件費の増大を抑えることができます(なお、定額残業代制の概要と注意点等については、こちらをご覧下さい)。
平成24年(受)第1475号 残業代等請求事件
平成26年1月24日 最高裁第二小法廷判決
* 事案を分かりやすくするため一部事実を変更しています。
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