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社会保険労務判例フォローアップ

平成27年1月31日

12.会社の労働時間管理方法を認めてもらうには

近年、労働者の権利意識の高まりに伴い、従業員から未払残業代を請求されるというリスクが高まっています。未払残業代の判断にあたっては、従業員の実労働時間が争いになることが多いですが、なかなか会社の主張する労働時間管理方法が認められるケースは少ないのが現状です。そんな中、今回ご紹介する判例は、会社が採用する労働時間管理方法が適切であったとしてその信用性が肯定され、残業代請求が棄却された数少ない事案の1つです。使用者としては参考になる部分も多いと思いますので、ご紹介致します。

 

事案の概要

Y社は、各種電気機械器具の製造及び販売等を業とする株式会社。
Xは、平成19年4月2日、Y社に入社し、平成23年2月28日、自主退職した。
Y社の就業規則には以下の記載がある。
第70条
(時間外勤務および休日勤務の手続)
会社は業務上必要あるときは、全員もしくは特定の職場・特定の従業員について、所定労働時間を超え、または休日に勤務させることがある。
時間外勤務および休日勤務の指示は、会社の指示により、事前に会社の承諾を得た場合に限ることとし、その指示は直接所属長が命じる。
前項の時間外勤務終了後は、速やかに所定の手続を執って退場しなければならない。
法定の労働時間を超える時間外労働は、労働基準法第36条の規定により、従業員代表との時間外労働協定の範囲内とする。
(略)
第71条
(時間外勤務および休日勤務の手続き)
時間外勤務者・振替出勤者および休日勤務者は、所定手続きをもって、事前に所属長の承認を得なければならない
第76条
(入場および退場)
従業員は、入場および退場時に、自ら入退館記録表にその時刻を記録しなければならない。
Y社では「時間外勤務命令書」を採用し、そこには注意事項として、「所属長命令の無い延長勤務および時間外勤務の実施は認めません。」と明記されている。
「時間外勤務命令書」の運用は以下のとおり。
ⅰ)
夕方(16時頃)、従業員に「時間外勤務命令書」を回覧し、時間外勤務の希望時間等を記入させて本人の希望を確認する(希望時間は時間外勤務の「命令時間」欄に記入させる)。
ⅱ)
所属長が内容を確認し、必要であれば時間を修正した上で、従業員に対して時間外勤務命令を出す
ⅲ)
従業員は、時間外勤務終了後、所定の場所にある「時間外勤務命令書」の「実時間」欄に、実労働時間を記入する。
ⅳ)
所属長は、翌朝、「実時間」欄に記入された時間数を確認し、必要に応じて従業員本人等に事情を確認し、本人の了解の下、前日の時間外労働時間数を確定させ、「本人確認印」欄に押印させる
Y社では、会社1階通用口のそばに設置された機械により、従業員に対して、入館及び退館時刻を打刻するよう義務づけられていた(なお、入退館記録表には「タイムカード」と記載されている)。

以上の事実関係のもと、本件は、Xが、時間外労働および深夜労働に対する割増賃金(約185万円)と同額の付加金の支払等を求めたという事案です。

 

争点

今回取り上げる主な争点は、時間外労働時間を認定する資料として、入退館記録表によるべきか、時間外勤務命令書によるべきか、です。

 

本判決の判断

入退館記録表は、警備・安全上の理由から義務づけられているに過ぎない。確かに、入退館記録表に打刻された入館時刻から退館時刻までの間にXが事業場にいたことは認められ、また、打刻された退館時刻が、「時間外勤務命令書」に記載された「命令時間」を超えている日があることも認められる。しかしながら、

就業規則上、時間外勤務は所属長からの指示によるものとされ、所属長の命じていない時間外労働は認めないとされている
実際の運用上も、時間外勤務について、本人の希望を踏まえて毎日個別具体的に「時間外勤務命令書」によって命じられていた
時間外労働後に従業員本人が「実時間」を記載し翌日所属長が確認することによって把握されていた
Y社では業務時間外の会社設備利用(居室、休憩室、パソコン等)が認められ、会社構内において業務外活動(任意参加の研修、クラブ活動等)も行われるなど、事業場にいたからといって必ずしも業務に従事しているとは限らない事情があった

といった事情を考えると、被告における時間外労働時間は、「時間外勤務命令書」によって管理されていたというべきで、入退館記録に打刻された時間に関しては労働時間とは推認できない。時間外労働の認定は「時間外勤務命令書」によるべきである。

 

コメント

厚労省は、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」を定めています。その中では、始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法として、「使用者が、自ら現認することにより確認し、記録すること」あるいは「タイムカード、ICカード等の客観的な記録を基礎として確認し、記録すること」のいずれかの方法によることとされています。そして、実務上は、特段の事情のない限り、事務所にいる時間は労働時間とみなされ、また、労働時間の管理にタイムカード等を使用している場合は、その記録が労働時間と判断される傾向にあります。しかし、タイムカードで管理していたとしても、それが実際の労働時間とは限りませんし、タイムカードの打刻時間より実際の就業時間の方が短いのであればそちらを主張したいと考えるのは当然のことです。その場合は、本判決のように、タイムカード以外の労働時間管理方法を確立してその信用性の高さを担保できるかが重要となります。

労働時間管理方法は、本判決のような「時間外勤務命令書」を活用する方法に限りませんが、どのような方法をとるにせよ、気をつけるべき点は以下の2点にあると思います。

1つは、採用した労働時間管理方法について、就業規則に記載するだけでなく、実際上も、例外的な取扱いを認めず厳格に運用するということです。本判決は「時間外勤務命令書」を極めて厳格に運用していたことが高く評価されたと考えられます。実際、運用の徹底が不十分だと信用性を否定される判例が多く見られます。運用が形骸化していたり、例外を多く認めているような場合には、タイムカードなど他の認定資料をもとに労働時間を算定されてしまうことになるでしょう。

もう1つのポイントとしては、常日頃から従業員が実際に仕事場にいる時間について把握するよう努め、従業員から他の客観的証拠を持ち出されても対応できるようにしておくことです。従業員から提出される資料としては、タイムカードに限らず、パソコンの記録(ファイルのプロパティ情報、メールの送受信時間記録等)やビルのセキュリティ記録、スイカなどの乗車カードの記録、ETC情報、ガソリンの給油記録など様々なものが考えられます。それらの資料に表れる時間と会社の管理している時間との間で仮に齟齬があっても説明ができるようにしておくということが重要です。具体的には、常日頃から残業が終わったら早く帰るように促すとか、在社時間と管理時間の相違に気づいた場合はその理由について事情聴取して確認しておく(例えば業務外の用件をしていた、など)といった対策が必要になります。相違に気づいていながら放置していると、黙示的な超過勤務命令があったと判断されかねません。なお、実際に業務を行っているのに管理している時間と相違している場合は、管理方法自体を見直さなければならないことは言うまでもありません。

最後に、今回は割愛しましたが、本判決は、他に変形労働時間制や事業場外労働みなし制の適用の有無が争点になっています。いずれの制度も使用者側に不備があるとして適用が認められないケースが多い中、本判決は使用者側の主張を全面的に認めていますので、この点も参考になるでしょう。特に、事業場外労働みなし制については、以前ご紹介した判例では否定されていますので、その違いに注目してみると良いかと思います。

 

参考

平成24年(ワ)第1990号 時間外賃金等請求事件(ヒロセ電機事件)

平成25年5月22日 東京地裁判決

* 事案を分かりやすくするため一部事実を簡略化しています。

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