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社会保険労務判例フォローアップ

平成27年8月1日

13.セクハラ加害者に対する懲戒処分が有効であると判断した最高裁判決(海遊館事件)

本判決は、セクハラ加害者に対する会社の懲戒処分を無効とした高裁の判断を覆し、有効であると判断した最高裁判決です。最高裁がセクハラに対して厳しい態度で臨んだと注目された判決であり、職場環境の改善に良い影響に繋がる判決として評価できます。

今後、会社がセクハラ従業員に対して懲戒処分を行うにあたり参考にすべき判例だと思いますので、今回、ご紹介いたします。

 

事案の概要

Yは、水族館の経営等を目的とする株式会社で、大阪市港区において水族館を運営している。
X1は、平成3年にYに入社し、平成21年8月から営業部サービスチームのマネージャーの職位にあり、平成24年3月当時、Yの資格等級制度規程に基づきM0(課長代理)の等級に格付けされていた。
X2は、平成4年にYに入社し、平成22年11月から営業部課長代理の職位にあり、平成24年2月当時、Yの資格等級制度規程に基づきM0の等級に格付けされていた。
Yでは、X1及びX2のもとで、女性従業員であるAらが勤務していた。
Yでは、職場におけるセクハラの防止を重要課題として位置づけかねてからセクハラの防止等に関する研修への毎年の参加を全従業員に義務づけ、また、平成22年11月1日には「セクシュアルハラスメントは許しません!」と題する文書(以下「セクハラ禁止文書」という)を作成して従業員に配布し、職場にも掲示するなど、セクハラ防止に向けた種々の取組を行っていた。
Yの就業規則には、従業員の禁止行為の1つとして、「会社の秩序又は職場規律を乱すこと」が挙げられ、違反した従業員には懲戒処分を行うことができる旨規定されていた。なお、③のセクハラ禁止文書は、「会社の秩序又は職場規律を乱す」行為に該当するセクハラ行為を明確にするものとして位置づけられていた。
X1及びX2は、平成22年11月から同23年12月の間に、Aらに対して、不貞行為に関する性的な事柄や自らの性器、性欲に関する事柄など複数回のセクハラ発言(X1)、女性従業員が未婚であることを殊更に取り上げて侮蔑的ないし下品な発言(X2)を行った。なお、X2は、平成22年11月に営業部に異動した当初、上司から女性従業員に対する言動に気をつけるよう注意されていた
Yは、Aらからの被害申告を受け、X1及びX2から事情聴取等を行った上で、平成24年2月17日付で、X1及びX2に対してセクハラ行為等を懲戒事由として出勤停止の懲戒処分を行った。さらに、Yは、審査会を開き、同年3月19日及び同月28日付で、X1及びX2について、それぞれ等級をM0からS2に1等級降格させた。
その結果、X1及びX2は、給与及び賞与の減額等を受けた。
なお、Aは、本件各行為が一因となり、平成23年12月末で退職した。

本件は、X1及びX2が、出勤停止処分及び降格処分は無効であるとして、出勤停止処分の無効確認と、各降格前の等級を有する地位にあることの確認等を求めた事案です。

 

争点

YがX1及びX2に対して行った出勤停止処分が権利の濫用として無効か否か(それに伴う降格処分が無効か否か)。

 

本判決の判断

原審(大阪高裁)は、X1及びX2の行為がセクハラ禁止文書の禁止するセクハラ行為など会社の秩序又は職場規律を乱すものにあたり、懲戒事由に該当することは認めつつ、

従業員Aから明確な拒否の姿勢を示されておらず、X1らも本件のような言動が許されていると誤信していたこと
X1らがセクハラに対する懲戒に関するYの具体的な方針を認識する機会がなく、本件行為について、事前にYから警告や注意等を受けていなかったこと

などを考慮すると、出勤停止処分は処分として重すぎ、社会通念上相当とは認められない、と判断しました。

しかしながら、本判決は、上記各点に関して、

職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたり躊躇したりすることが少なくないし、本件各行為の内容等に照らせば、X1らに有利な事情とは考慮できない
X1らは、Yの管理職として、セクハラの防止やこれに対する懲戒等に関するYの方針や取組を当然に認識すべきであったと言えるし、1年余にわたり本件各行為を継続し、その多くが第三者のいない状況で行われており、Aらから被害申告を受ける前の時点で、YがX1らのセクハラ行為及びAらの被害の事実を具体的に認識して警告や注意等を行いうる機会があったとは窺われないことからすれば、X1らに有利な事情とは考慮できない

とし、X1らの言動の内容や回数、Aが本件各行為を一因として退職に至っていることなどからすると、管理職であるX1らが行ったセクハラ行為等がYの企業秩序や職場規律に及ぼした有害な影響は看過しがたいと判断しました。

その上で、X1らが過去に懲戒処分を受けたことがなく、出勤停止処分の結果相応の給与上の不利益を受けたとしても、本件出勤停止処分が重すぎて社会通念上相当でないとはいえず、懲戒権濫用にあたらず有効である、と判断しました。

 

コメント

原審も、X1らの行為が許されるものではなく、懲戒処分として厳しい姿勢で臨むYの態度に一定の理解を示していることは窺えます。それにもかからず、原審と今回の最高裁の結論は分かれており、その判断を分けたポイントはどこにあるのでしょうか。

(1)まず、上記①の判断に窺えるように、最高裁は、被害者の内心や行動よりも、セクハラ発言の客観的内容を重視して、加害者側に責任があるという姿勢を明確にしていることが挙げられます。今までの下級審判決では、被害者が嫌がっているように思えず外形的には同意があったように見えたとしても、その同意が真意に基づくものかどうかを慎重に判断するという傾向がありました。本判決により、そうした被害者の内心等はあまり考慮しないで判断する方向性を示したといえます。

(2)さらに、上記②の判断に窺えるように、高裁は、加害者がセクハラについて従前警告や注意等を具体的に受けていなかった点を加害者に有利に考慮したのに対し、最高裁は、会社がセクハラ防止に対する具体的な取組を行っていたことを評価し、加害者が役職上そうした会社の方針を十分理解し、実際に実践する立場にあったことを重視しています

ということは、会社として、日頃のセクハラ対策についてのコンプライアンス体制の整備の重要性が改めて再確認されたといえます。具体的には、本事案のようなセクハラ防止研修の実施と参加義務化セクハラ禁止文書を作成して社内に通知して従業員に啓蒙するなどといった方策の他に、相談窓口の設置、実際に相談があった場合の対応マニュアルの作成、などといった体制を整えることが考えられます。

本判決は、被害者の内心や行動、会社の事前の警告・注意の有無よりも、加害者の役職等の立場や、加害者が行った言動の客観的な内容、態様等を重視しているといえます。

今後、会社がセクハラ行為の加害者に対して懲戒処分を行う場合でも、それらの点を意識して適切な判断を行う必要があります。

参考

平成26年(受)第1310号 懲戒処分無効確認等請求事件

平成27年2月26日 最高裁第一小法廷判決

* 事案を分かりやすくするため一部事実を簡略化しています。

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