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社会保険労務判例フォローアップ

平成27年9月1日

14.労災保険の給付を受けている人を解雇できるか(専修大学事件)

今回ご紹介する判決は、「国から労災保険給付を受けている労働者に対して、補償金を支払うことで解雇できる場合がある」という初めての判断を示した最高裁判決です。労災により休職している労働者を解雇できるかという場面に関係する重要な判例ですので、今回、ご紹介いたします。

 

事案の概要

Yは学校法人であり、Xは、平成9年4月1日、Yとの間で労働契約を締結した。
Xは、平成15年3月13日、頸肩腕症候群(以下「本件疾病」という。)に罹患しているとの診断を受けた。
その後、本件疾病が原因で欠勤を繰り返すようになり、平成18年1月17日から長期にわたり欠勤した
平成19年11月6日、労働基準監督署長は、平成15年3月20日の時点で本件疾病は業務上の疾病にあたると認定し、Xに対し、療養補償給付及び休業補償給付を支給する旨の決定を行った
平成21年1月17日、Yは、Xの平成18年1月17日以降の欠勤が3年を経過したが、本件疾病の症状にはほとんど変化がなく、就労できない状態が続いていることから、Xを平成21年1月17日から2年間の休職とした
平成23年1月17日が経過したが、XはYからの復職の求めに応じず、Yに対して職場復帰の訓練を要求した。これを受けて、Yは、Xが職場復帰できないことは明らかであるとして、同年10月24日、打切補償として平均賃金の1200日分相当額である約1629万円を支払った上で、同月31日付でXを解雇する意思表示を行った。なお、その他にもYは、Xに対し、Yの災害補償規程に基づく法定外補償金として、3回にわたり合計約1900万円を支払った。

本件は、上記の事実関係のもと、Xが、Yの行った解雇は無効であるとして、労働契約上の地位の確認等を求めた事案です。

 

争点

争点は、労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を受けているXが、労働基準法81条にいう同法75条の規定によって補償を受ける労働者に該当するか否か、です。

詳しく説明します。

 

労基法第19条1項では、業務が原因で労働者が怪我や病気になると労働災害(労災)になりますが、その責任は使用者にあるので、労災療養中とその後の30日間は当該労働者を解雇できない、という制限が加えられています。一方で、同項の但し書きには、「使用者が第81条の規定によって打切補償を支払う場合(中略)においては、この限りでない。」と例外が規定されています。

そこで、同第81条を見てみると、同第75条の規定に基づいて使用者が労災療養中の労働者の療養費を負担している場合には、療養開始後3年を経過しても負傷や疾病がなおらない場合に、平均賃金の1200日分の打切補償を行えば、その後は補償を行わなくてよい、とされています。つまり、療養開始後3年を経過しても負傷や疾病が治らない場合は、平均賃金1200日分の補償を支払えば解雇の制限がなくなるとされているのです。

問題は、それが、使用者が直接療養費を負担している場合に限られるのか、労災保険による補償が行われている場合も含まれるのか、というのが本件で争われた点です。言い換えると、労災保険からの給付金が、使用者が行うべき療養補償と同質と見ることができるかどうか、ということになります。

本判決の判断

原審(東京高裁)は、文言上、労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を受けている労働者が同法75条の規定によって補償を受ける労働者に該当すると解するのは困難だとして、本件解雇は労働基準法19条1項に違反して無効だと判断しました。

しかしながら、本判決は、労災保険制度は、労働基準法により使用者が負う災害補償義務の存在を前提として、その補償負担の緩和を図りつつ、被災した労働者の迅速かつ公正な保護を確保するための制度であるから、使用者の義務とされている災害補償に代わって労災保険法に基づく保険給付が行われる場合は、使用者による災害補償が実質的に行われているといえる、としました。

つまり、労災保険の給付を受けている場合でも、労基法81条に規定する打切補償の支払をすることにより、同19条の解雇制限を受けない、との判断を示したのです。

 

コメント

労働基準法75条により、労災の療養費用は使用者が負担することになるのですが、実際には労災保険制度がありますので、労働者はそこから給付を受け、直接使用者が療養費用を負担することは殆どありません。その場合でも同法81条により、平均賃金1200万円分の打切補償を支払えば、療養開始後3年を経過しても負傷や疾病が治らない労働者を解雇できるとしたのが本判決です。

これまでは、使用者が実際に治療費を負担している場合に限られると考えられており、原審(高裁)もそういう判断でした。労災で3年以上療養している労災保険の受給者は1万8000人以上いるという現状を考えると、本判決が出たことによる影響は大きいです。使用者は労災保険によって自らは経済的負担を負わず、さらに療養を長期化している労働者の雇用を維持する責任をも免れるということになります。今後、うつ病など、長期の療養を要する疾患のため休業している労働者を解雇できる場合が拡大する可能性があるといえるでしょう。

しかし、本判決が出たことで安易に解雇できると会社が考えることは危険です。この問題は19条による解雇制限が及ばないというだけで、実際に解雇が有効かどうかは別問題だからです。つまり、労働契約法16条により、解雇には客観的な合理的な理由と社会通念上の相当性が必要となります。実際本件も解雇権の濫用があったかどうかという点について審理を尽くさせるために東京高裁に差し戻しています。

特に、業務上災害は、私傷病と比べ、労働者の帰責性が小さいことが多いので、解雇の有効性を基礎づけるハードルは高いという点には注意しなければなりません。そのためには、会社の規模も大きく関わってくると思いますが、配置転換や就業条件の整備等により解雇が回避できるかどうかの検討が必要となってくるでしょう。復職可能性を検討せず安易に解雇をしても無効とされてしまいます。また、休業中に会社が定期的に連絡をとって状況確認していたかどうかといった点も重要視されますので、休職中の労働者を放置してしまうことのないように注意しましょう。

参考

平成25年(受)第2430号 地位確認等請求反訴事件

平成27年6月8日 最高裁第二小法廷判決

* 事案を分かりやすくするため一部事実を簡略化しています。

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