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平成30年1月12日
「同一労働同一賃金」に関する判例の第2回として今回ご紹介する判例は、期間の定めのある労働契約を締結していた従業員(以下「有期契約労働者」といいます。)が、期間の定めのない従業員(以下「無期契約労働者」といいます。)との労働条件の相違が不合理であるとして、差額の賃金等を会社に対して支払うよう求めた事案です。
前回ご紹介した長澤運輸事件判決とともに、第一審及び控訴審で判断が分かれた部分があり、控訴審ではより広く従業員の請求が認められるかたちとなったという点で企業にとってインパクトのある判決です。今後、有期契約労働者の労働条件を見直しにあたって非常に参考になる判例だと思われますので、ご紹介いたします。
支給項目 | 正社員(期間の定めなし) | 契約社員(期間の定めあり) |
---|---|---|
基本給 | 月給制 | 時給制 |
無事故手当 | 該当者に1万円 | なし |
作業手当 | 該当者に1万円 | なし |
給食手当 | 3500円 | なし |
住宅手当 | 2万円 | なし |
皆勤手当 | 該当者に1万円 | なし |
家族手当 | あり | なし |
通勤手当 | 通勤距離に応じて支給 (5万円を限度、市内居住者は5000円) |
稼働月額の10% |
定期昇給 | 原則あり | 原則なし |
賞与 | 原則あり | 原則なし |
退職金 | 原則あり | 原則なし |
※但し、通勤手当は後に、契約社員も正社員基準で支給されるようになった
本件は、上記の事実関係のもと、XがY会社に対し、期間の定めのない従業員に支給されるべき賃金との差額(約260万円)及び遅延損害金の支払等を求めた事案です。
なお、Xは、Y会社との間で、賃金の最低条件の合意及び期間の定めのない正社員として登用する合意があったとして、その合意を前提とする差額分の支払も求めていますが、本稿ではその点の詳細は割愛します(かかるXの主張は第一審及び控訴審とも認められませんでした)。
本件の主な争点は、労働契約法20条違反の有無です。
なお、労働契約法20条では、「有期契約労働者」の労働条件が、「無期契約労働者」の労働条件と相違する場合、その相違が、労働者の「職務の内容(業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度)」、「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」、「その他の事情」を考慮して、不合理であってはならない旨が規定されています。
第一審(大津地裁彦根支部)の判断
(1)まず、Y会社の正社員のドライバーと契約社員のドライバーの業務内容に大きな相違はないとしつつも、労働契約法20条に規定する「職務の内容」と「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」について、以下のとおり判断しました。
ア Y会社の正社員は、
イ 一方、契約社員は、労働条件の変更はあり得るものの、就業場所の異動や出向等は予定されていないし、将来Y会社の中核を担う人材として登用される可能性がある者として育成されるべき立場にもない
(2)その上で、上記の職務内容や、職務内容・配置の変更の範囲の異同を考えると、賃金等の労働条件の相違は不合理とはいえないと判断しました。
但し、通勤手当は、正社員が5万円を限度に通勤距離に応じて支給されるのに対して、契約社員は3000円が限度であるという相違は、Y会社の経営・人事制度上の施策として不合理である(労働契約法20条の「不合理と認められるもの」に該当する)として、通勤手当の範囲でのみ労働契約法20条違反を認めました。
(3)なお、労働契約法20条に違反し労働条件が無効となったとしても、無期契約労働者の労働条件に自動的に代替されるという解釈は困難であり、会社が不法行為責任を負う場合があるにとどまる、と判断しています。
控訴審(東京高裁)の判断
(1)控訴審では、第一審の上記1(1)アで述べた①及び②の事情に加えて、正社員には適用し嘱託社員等には適用しない等級・役職制度が設けられており、公正に評価された職務遂行能力に見合う等級・役職への格付けを通じて、従業員の適正な処遇と配置を行うとともに、教育訓練の実施による能力の開発と人材の育成、活用に資することを目的としていることを認定し、これらの相違があることを前提に、労働条件の相違が不合理と認められるものに当たるか否かを、個々の労働条件ごとに検討する必要がある、と判断しました。
(2)そして、賃金の各項目について、正社員と契約社員で本件のような相違を設けることが不合理であるか否かについて、以下のとおり個別に検討を加えています。
① 無事故手当
有料ドライバーの育成や安全な輸送による顧客の信頼の獲得といった目的は、正社員の人材活用の仕組みとは直接の関連性はなく、正社員・契約社員ともに要請されるべきもの →よって「不合理」である
② 作業手当
乗務員の手積み、手降ろし作業に対応して支給されていたものであるところ、過去に正社員のみが手積み、手降ろし作業を行っていたとは認められず、基本給の一部と同視することもできない →よって「不合理」である
③ 給食手当
長期雇用関係の係属を前提とする正社員の福利厚生を手厚くすることにより優秀な人材の獲得・定着を図るという目的自体に一定の合理性はあるとしても、あくまで従業員の給食の補助として支給されるものであって、正社員の職務の内容等とは無関係に支給されるものである →よって「不合理」である
④ 住宅手当
転居をともなう配転(転勤)が予定されている正社員は、予定されていない契約社員と比べて、住宅コストの増大が見込まれる →よって「不合理」とはいえない
⑤ 皆勤手当
精勤に対してインセンティブを付与して精勤を奨励する側面を有することは否定できず、正社員と契約社員で差を設けることの合理的を積極的に肯定することは困難であるとしつつも、契約社員も全営業日に出勤した場合、昇給や更新時に時間給の見直し(増額)が行われることがあり得、現にXの時給も増額されている →よって「不合理」とはいえない
⑥ 通勤手当
労働者が通勤のために要した交通費等の全額または一部を補填するという性質から、職務の内容等とは無関係に支給されるものである →よって「不合理」である
⑦ その他の労働条件(家族手当、一時金、定期昇給、退職金)
後記(3)のとおり、労働契約法20条違反の効果としては、当然に正社員(無期契約労働者)の労働条件と同一になるという効力まで認められるものではないし、正社員の就業規則等が適用されると解する余地もないので、当該労働条件が労働契約20条に違反するか否かは判断するまでもない
(3)そして、労働契約法20条違反の効果としては、明文がなく、労働条件は労使間の交渉に委ねられるべきものであるから、無期契約労働者の就業規則等が解釈上適用できる場合を除いては、会社に対して不法行為による損害賠償責任が生じるにとどまるものと解するほかはない、と判断しました。
(4)以上を前提に、無事故手当、作業手当、給食手当及び通勤手当の不支給分である約77万円について、不法行為による損害賠償責任を認めました。
なお、本判決は、平成27年5月29日に第一審判決が出ましたが、判決手続が違法であると判断して、控訴審で第一審に差し戻され、同年9月16日に、大津地裁彦根支部で同様の判決が出されています。その後、平成28年7月26日に控訴審において実体的な判断がなされています。
今回の判例の主な争点となった点は、前回ご紹介した判例(長澤運輸事件)でも争点となった、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であってはならない旨を規定した労働契約法20条に違反するか否かです。
第一審判決では通勤手当の部分しか労働契約法20条違反を認めませんでしたが、控訴審ではその他の3つの手当についても同法違反を認めました。
まず、第一審及び控訴審とも、有期契約労働者と無期契約労働者との間で「職務の内容及び配置の変更の範囲」には違いがあると判断された点は共通しています。ただ、控訴審は第一審で指摘した事情に加えて、等級・役職制度による従業員の格付けや教育訓練制度による能力開発・人材育成の観点を含めてより広い事情を考慮していますので、労働条件の相違について検討する際には、これらの点も考慮することが必要になってきます。
そして、第一審及び控訴審ともに、「職務の内容及び配置の変更の範囲」の違いに照らして本件の労働条件の相違が不合理であるといえると否かを判断しています。
今回、両者で判断が分かれた理由としては、控訴審では、賃金を構成する各諸手当等の項目ごとに内容や制度趣旨を勘案して個別に検討を加えた点にあると思われます。
前回の判例紹介で指摘した賃金水準の妥当性の見直しだけでなく、本事例のように、業務の内容がほとんど同じであるにもかかわらず、有期契約労働者と無期契約労働者とで諸手当の支給について取扱に差を設けている会社にとっては、個別の賃金項目について、その内容や趣旨を踏まえての検討が必要となってきます。具体的には、業務内容、与えられた権限の範囲、責任の度合い、業務遂行の難易度、等級制度等の内容、人材育成の方法などと照合しながら、各手当の支給の有無あるいは支給額の差が適切なバランスになっているかを考える必要があるでしょう。その際、控訴審の皆勤手当で考慮されているように、有期契約労働者の賃金体系の中で実質的に同手当の代わりとなる取扱がなされているかといった視点からも考察することが必要です。
なお、本件控訴審では、一部の諸手当について不合理性を認めただけであり、合理的な差異を設けること自体を否定するものではありません。労働条件のすべてについて有期契約労働者に無期契約労働者と同一の権利を認めたものではないので、決して同一労働同一賃金の原則を正面から認めた判決とはいえません。
とはいえ、賃金の中の各手当についての自社での取扱に問題がないか確認を迫るという意味で実務上大きな影響を持つ裁判例といえます。特に、今回控訴審で不合理であると判断された各手当については、無期契約労働者と有期契約労働者との間で漫然と差をつけていないか、改めて見直しが必要です。
なお、本件は上告中であり、今後最高裁でどのような判断がなされるか注目です。
1.平成27年(ワ)第163号 未払賃金等支払請求(差戻)事件
平成27年9月16日 大津地裁彦根支部判決
2.平成28年7月26日 未払賃金等支払請求控訴事件
平成28年7月26日 大阪高裁判決
* 事案を分かりやすくするため一部事実を簡略化しています。
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