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社会保険労務判例フォローアップ

平成30年12月11日

24.年俸制と時間外割増賃金に関する最高裁判決

今回ご紹介する判決は、年俸制における時間外割増賃金の有無が争いになった最高裁判決です。本件は、いわゆる定額残業代のように、基本給や諸手当にあらかじめ割増賃金を含めて支給する方法の有効性が問題となった従来の最高裁判決(例えばH24.3.8最高裁判決「テックジャパン事件」(詳しくはこちらをご参照下さい)で示された要件が、年俸制を採用する場合(しかも本件は、医師という高度な専門性が要求される職業であり、また、別途時間外手当に関する規程が定められていたという事例)でも妥当することを示した重要な判決です。下級審と最高裁で判断が異なった事例であり、年俸制と時間外割増賃金の関係を誤解されている事業主の方も少なくないと思われますので、ご紹介いたします。

事案の概要

Xは、平成24年4月1日、医療法人であるYと雇用契約を締結し、Yが運営する病院で医師として勤務していた。
Xの賃金は年俸制であり、年俸金額は1700万円であり、その内訳は、本給が月額86万円、役付手当等の諸手当が34万1000円、賞与(本給3ヶ月分相当額を基準)で構成されている。
Xの勤務形態は、週5日勤務で、1日の所定勤務時間は、午前8時30分から午後5時30分まで(休憩1時間)が基本であるが、業務上の必要がある場合にはこれ以外の時間帯でも勤務しなければならない。
Yでは、Xを含む医師を対象とした時間外勤務給与規程(以下「時間外規程」といいます。)が定められており、その主な内容は以下のとおり。

ⅰ 時間外手当の対象となる業務は、原則として、病院収入に直接貢献する業務又は必要不可欠な緊急業務に限る

ⅱ 時間外手当の対象となる勤務時間は、勤務日の午後9時から翌日の午前8時30分までの間、及び、休日に発生する緊急業務に要した時間とする

ⅲ 通常業務の延長とみなされる時間外業務は、時間外手当の対象とならない

YはXに対し、年俸による賃金とは別に、時間外規程に基づく時間外手当の支給を受けていたが、その余の時間外手当の支給は受けていない(下図参照)。
Yは、Xに対し、職場での医師及び看護師をはじめとするスタッフに対して威嚇するような言動や暴力ともとれる行為がたびたび見られ、これに対し再三注意や改善を求めたが、いっこうに改善されないため、Y病院の医師として相応しくないとして、平成24年9月30日付で解雇した。

本件は、上記の事実関係のもと、XがYに対して、①解雇が無効であるとして雇用契約上の権利を有することの確認、②雇用が継続されていることを前提とする未払給与及び賞与の支払、③解雇等によって精神的苦痛を被った慰謝料請求、④未払となっている時間外割増賃金(約438万円)と同額の付加金の支払などを求めた事案です。

今回の最高裁では、④の請求に関して判断が示されていますので、本稿でもこの点を特に取り上げて解説いたします。なお、①~③については、第一審で解雇が有効であることが認められており、その結論は上級審でも変わっておりません。

争点

争点は、年俸制における時間外割増賃金の有無とその額、具体的には、あらかじめ年俸の中に時間外割増賃金が含まれているという支払方法について、割増賃金の支払義務を規定する労働基準法37条に違反しないためにはどのような要件が必要か、です。

本判決の判断

下級審の判断

Yは、Xとの間で、時間外規程に定める条件に該当しない時間外割増賃金分(つまり、通常の勤務日であれば所定勤務時間が終了する午後5時30分から午後9時までの時間帯)は存在しない(年俸1700万円に含まれている)ことが合意されていた、と主張していました。

この点について、第一審(H27.4.23横浜地裁)では、時間外規程の内容、原告が時間外規程に沿った時間外労働賃金を受領していた実態等から、合意があったこと自体をまず認定しました。その上で、医師の業務が人の生命身体の安全に関わるもので、労働時間の規制の枠を超えて活動することが要請される重要な職務であること、常に最新の医療情報を収集し、技術向上のために日々の研鑽が求められるものであって、労働を量(時間)より質ないし成果(業績)によって評価することが相当であること、年俸制という待遇面についても医師としての業務の質ないし成果を評価して1年ごとの報酬を決めるものと合意しており、その金額も高額で、通常業務の延長としての時間外労働にかかる賃金分が含まれていると解しても不合理とはいえない額であること、などから、上記合意及び時間外規程は有効であると判断しました。

なお、基本給部分と時間外労働賃金分との区分の判別が明白でない点については、時間外規程において、時間外手当を請求できる場合とできない場合が具体的かつ明確に規定されており、Xも時間外規程に基づく時間外労働賃金のみを請求しその支給を受けており、そのほかの時間外手当を請求できる場合を認識できていたといい得るから、年俸の中に時間外労働賃金分が含まれていることを否定する理由にはならないとしました。但し、時間外規程においても、深夜割増賃金及び月60時間超の割増賃金については明示されていないこと等から、その分は年俸の中に含まれていないとして、かかる分の金額だけ請求を認めています。

控訴審(H27.10.7東京高裁)も第一審の上記認定を是認しました。

最高裁の判断

ところが、最高裁は、以下のように述べて、下級審の判断を覆しました。

労働基準法37条において時間外労働等について事業主に割増賃金を支払うべきことを義務づけている趣旨は、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、労働時間に関する規程を遵守させるとともに労働者への補償を行おうとする趣旨であることを前提に、割増賃金について、基本給や諸手当にあらかじめ含めるという方法自体が同条に反するものではないが、同条に規定する割増賃金の支払の有無を判断するには、通常の労働時間の賃金に相当する部分(①)の金額を基礎として、支払われた割増賃金にあたる部分の金額(②)が法定の最低限の割増賃金の額を下回らないか検討する必要があるため、その前提として、両者(①と②)を判別することができる必要がある、としました。

その上で、本件では、年俸1700万円のうち、①と②が判別できないので、Yにおける年俸の支払いにより、Xの時間外労働等に対する割増賃金が支払われたとはいえないと判断しました。

なお、その後、差戻後の控訴審(H30.2.22)において、役付手当等を含む月額120万1000円を前提に基礎時給額(7383円)を算出し、それをもとに割増賃金額を407万円5170円と計算しています。

 

コメント

これまでの定額残業代に関する最高裁の考え方では、通常の労働時間の賃金に相当する部分と割増賃金に相当する部分について判別できることが必要である、というものでした。これに対しては、年俸制の事例において、従業員の勤務形態や年俸が高額であることなどを理由に、判別ができなくても割増賃金が基本給の中に含まれるという会社の主張を認めた下級審裁判例(例えば、H17.10.19東京地裁「モルガン・スタンレー・ジャパン・リミテッド事件」)が出ていました。本件の第一審及び控訴審でも、医師という職業の特性等を考慮して判別できなくても割増賃金が基本給の含まれるという合意は有効であると判断しています。

しかし、今回の最高裁判決によって、高度な専門職であり一定の裁量が認められる職業であったり、高額の報酬が保証されている場合であっても、通常の労働時間に対する賃金と割増賃金とが判別できなければ、割増賃金込みの給与であることの合意をもって、割増賃金が支払われているとは解釈できないことになったと言える点で、重要な判決です。

年俸制の場合、時間外勤務に対する割増賃金の支払が不要だと誤解している事業主の方もおられるようですが、そうではないことはもちろん、仮に時間外労働分は基本給の中に含まれるという合意が従業員との間で成立していたとしても、その区分が明確でなければ、基本給の中の割増賃金分として考えていた部分までを計算の基礎となる金額として、そこからさらに割増計算した賃金を支払う必要が生じることになり、予想外の高額な負担が課されるおそれがあります。また、本件では付加金として未払の割増賃金と同額の支払も命じられています(つまり未払賃金の倍額を支払わなければならない)ので、その場合はさらにそのリスクが高くなります。

 

なお、年俸制の場合でも、管理監督者等でない限り、時間外労働等に対する残業代の支払義務は免れませんが、簡単にその計算方法をご説明します。

(1)仮に年俸が600万円、月額給与がその12分の1である50万円とした場合(年俸の中に残業代が含まれていない)を例にします。

残業代は、「1時間当たりの基礎賃金」×「時間外勤務時間数」×「割増率」によって計算しますので、仮に年俸が600万円、月額給与がその12分の1である50万円であり、1年間の休日数が104日で1日の所定労働時間が8時間とした場合、1年間の平均所定労働時間は(365日-104日)×8時間=2088時間となり、年俸額600万円を2088時間で割ると、1時間当たりの基礎賃金が算出されます(600万円÷2088時間≒2874円)。よって、月20時間程度の時間外労働があったとすると、2874円×20時間×1.25=7 万1850円が毎月の残業代となるわけです。

(2)では、年俸600万円に毎月20時間分の残業代を含めたいと場合はどのように計算すれば良いでしょうか。

1年間の平均所定労働時間が上記のとおり2,088時間とすると、1ヶ月の平均所定労働時間はその12分の1なので、174時間になります。この174時間分の残業代が月額給与である50万円に含まれている必要がありますので、残業代をXとすると、以下の計算式が成り立ちます。

[(50万円-X)/174時間 ]×20時間×1.25=X

この計算式のXを求めると、約62,814円となりますので、毎月50万円の給与の中に、62,814円以上の金額を20時間分の残業代として設定する必要があるわけです。

そして、本判決で指摘されているように、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できるようにする必要がありますので、仮に6万5000円分を残業代とする場合は、月額給与50万円の内訳は基本給部分が43万5000円で、20時間分の時間外割増賃金分が6万5000円であることを明示して支給する必要があるということになります。なお、各月20時間を超えた時間外労働については、法定の割増率で計算した割増賃金を別途支払う旨も賃金規程等で明らかにしておく必要があります。

参考

平成28年(受)第222号 地位確認等請求事件

平成29年7月7日 最高裁第二小法廷判決

* 事案を分かりやすくするため一部事実を簡略化しています。

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