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社会保険労務判例フォローアップ

令和3年9月7日

35.育休復帰後の有期契約への変更合意と雇止めの適法性が問題となった判例(ジャパンビジネスラボ事件)

今回は、正社員として勤務していた従業員が育児休業を取得し、復帰する際に有期雇用契約を締結し、その後雇止めにあったという事案で、復帰時の有期雇用契約の合意と雇止めの違法性が問題となった裁判例をご紹介します。

今回、令和3年6月に公布された育児・介護休業法の改正を別稿でご紹介しています。本件事案はその改正内容とは直接関係ありませんが、改正で求められる会社としての雇用環境整備や制度の有無が、判断に影響を与えた一要素であると思われますので、育児休業取得に向けた環境整備を検討するにあたって参考になる判決です。

 

事案の概要

Y会社は、外国語のコーチングスクール等の運営等を主たる事業とする会社であり、Xは、平成20年7月、Y会社との間で無期労働契約(a契約)を締結し正社員として雇用され、コーチとして勤務していた。
Xは、平成25年〇月〇日、子を出産し、その後育児休業を開始したが、育児休業終了日である平成26年9月1日、Y会社との間で、期間1年、1週間3日勤務の契約社員となる有期労働契約(b契約)を内容とする雇用契約書を取り交わした。
なお、Y会社には、育児休業明けの従業員が希望すれば、正社員(週5日勤務)、正社員(週5日の時短勤務)、契約社員(週4日または3日勤務)の中から選択できる制度が用意されていた。
Xは、同月2日、1週間3日勤務の条件でY会社に復職したが、その後間もなくから、Y会社に対し、正社員に戻すよう求めたが、Y会社はこれに応じなかった。
平成27年7月頃、Y会社はXに対し、b契約を更新しない旨通知した。

本件は、上記の事実関係のもと、Xが、b契約における合意が無効である、あるいは、b契約の雇止めが無効であること等を理由に、Y会社との労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、未払賃金等を求めた事案です。

一方で、Xが本件訴えを提起後に記者会見を行っているところ、Y会社は、その発言により会社の信用が棄損されたとして不法行為に基づく損害賠償請求を求める反訴を提起しました。

争点

本件の争点は多岐にわたり、Xも様々な主張をしているのですが、主な争点は、b契約における合意について、①出産、育児休業等を理由として不利益な取り扱いを禁じる、男女雇用機会均等法9条3項や育児介護休業法10条に違反して無効か否か、②Xの自由な意思に基づく承諾がなく無効か否か、また、③b契約が有効であるとしても、労働契約法19条2号、つまり、労働者が有期契約が更新されると期待することについて合理的な理由があると認められる場合に雇止めを行う際に必要な、客観的に合理的な理由及び社会通念上の相当性が認められるか否か、といったところです。

本判決の判断の要旨

本件は最高裁でXの上告申し立てを不受理とする決定をしたことにより、控訴審(東京高裁)の判断が確定していますので、以下、控訴審の判断の要旨をご紹介します。

 

上記争点①(均等法、育介休法違反)について

確かに、Xが育児休業を取得する前と契約社員となった後とでは、賃金や雇用期間の有無について不利益があることは否定できない。

但し、それはXによる週5日の勤務が可能であることが前提の話である。

実際は、b契約合意の時点で、子を預ける保育園が見付からず、家族のサポートも十分に得られないため、週3日4時間の就労しかできなかったのであるから、週5日勤務の正社員のコーチとして復職すれば、時間短縮措置を講じたとしても、クラス運営に支障が生じるなどして退職や解雇、懲戒解雇されるおそれがある状況にあった。

そして、Y会社には上記事案の概要③記載のような多様な雇用形態を設定しているところ、Xにも個別に説明がなされていたこと、Xには、育児休業終了までの約6か月間、保育園の確保や家族に相談するなど、適合した雇用形態を十分に検討する機会が与えられていたこと、Xが一時は退職の意向を表明していたものの、育児休業終了の6日前になって、正社員ではなく週3日4時間勤務の契約社員として復職したい旨を伝えていること、などの経緯に鑑みれば、b契約の合意には、Xの自由な意思に基づいてしたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するものといえる(注:この基準は、育児休暇取得を契機に降格処分となった事案で均等法の不利益変更にあたるかが問題となった最高裁平成26年10月23日判決の基準を引用しています)。

したがって,b契約における合意は、均等法や育児介護休業法の「不利益な取扱い」には当たらない。

 

上記争点②(Xの自由な承諾があるか)について

確かに、Xが不利益な労働条件を受け入れる側面があるので、労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に認められる必要がある。

本件では、上記1のとおり、XがY会社から説明を受け、十分な検討期間が与えられた中で自らの意思で選択しb契約を締結したものであり、Y会社が強要した事実もないので、労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に認められる。

 

上記争点③(雇止めの有効性)について

本件b契約は、子の養育状況等によって、正社員として稼働する環境が整い、本人が希望する場合には正社員としての労働契約の再締結が想定されているから、労働者において更新されるものと期待することについて合理的な理由がある有期労働契約に該当する(つまり労働契約法19条2号が適用される)。

本件では、①Y会社が、一般的に執務室内の録音を禁止し、従業員に対して個別に録音の禁止を命じることは、Y会社のコーチングといった業務上のノウハウ、アイディアや情報等が漏洩するおそれがあるほか、コーチ同士の自由な意見交換等の妨げになり、職場環境の悪化につながることから業務管理として合理性がないとはいえず、Xの録音行為が服務規律に反すること、②Xがマスコミ関係者らに接触し情報を伝え、録音データ等を提供した結果、報道された内容のほとんどが真実でなく、Y会社が労働者の権利を侵害するマタハラ企業であるとの印象を与えようと企図したものと言えること、③Xは、多数回にわたり、勤務時間内に、Y会社から業務上使用が許されていたパソコン及びメールアドレスを私的に利用していたものであり、職務専念義務違反があったことなどの事実から、XがY会社との信頼関係を破壊する行為に終始し、かつ反省の念を示してもいないので、雇用の継続を期待できない十分な事由があり、本件雇止めは、客観的に合理的な理由を有し、社会通念上相当である。

したがって、Y会社による雇止めは有効である。

 

本判決は以上の判断を示し、Xの請求のほとんどを認めませんでしたが、Y会社代表者がX宛のメールを閲読し、送信者である第三者に対して、Xの状況を伝えるメールを送信した点についてのみY会社の不法行為を認めました(慰謝料5万円)。

また、Xの記者会見による不法行為も認められています(Y会社の名誉・信用棄損に対する損害額として50万円)。

コメント

本件では、結論として均等法や育児介護休業法にいう不利益な取り扱いにはあたらず、契約社員になることについてXの自由な意思も認められるとされました。その大きな理由として、育児休業明けの従業員に対する制度をきちんと用意していたこと、内容について十分説明していこと、従業員に制度選択のための検討期間を十分与えていたことが重要視されたものと思われます。

つまり、本判決の認定によると、Y会社では女性社員が多い上、Xが育児休業中で近いうちに復帰が予定されており、初めての育児休業明けの社員となることから、社員のライフステージが多様化、フレキシブルな「働き方」の選択を目的に就業規則等の見直しが行われ、女性社員らからなるプロジェクトチームをもとに約半年程度かけて見直しの検討を行ったとされています。その結果、事案の概要①のように3つの就業形態を用意し、正社員(時短勤務)の中には、所定労働時間が120時間、100時間、80時間とさらに細分化された制度が設定されました。また、就業規則、各規程の改定、種々の様式の準備が進められ、見直しの要点を説明するための通知文書を作成するとともに、全従業員に説明会を行い、Xに対する個別の説明もなされています。こうした会社としての一連の姿勢が評価されたものと思われます。

別稿で、令和3年6月に改正された育児介護休業法の内容をご紹介しておりますが、その1つとして、雇用環境整備と労働者に対する周知・確認措置が義務付けられています(こちらをご参照ください)。今後は相談窓口の設置や研修も重要になってくるでしょう。

 

また、雇止めが有効である理由の1つに、Xの録音行為を服務規律違反とした点が挙げられています。無断録音の禁止について、企業の秘密漏えいや職場環境悪化の防止の観点から合理性があるとした点が注目されるところですが、録音禁止命令に違反したといった一事をもって解雇事由になり得るかはまた別の話です。

本件は、むしろXが会社批判行為を繰り返していたという特殊性があり、記者会見での発言内容やマスコミ関係者に情報提供した結果報道された内容のほとんどが真実でなく、一方的に会社の評価を貶めるものであったとの認定がされている点が大きいのではないかと思います。

なお、相手に無断で録音すること自体は、プライバシー等との関係で問題とはなり得ますが、当該録音内容について原則として民事訴訟において証拠能力があるとされていますので、従業員に対する発言内容には十分注意することが必要でしょう。

参考

平成30年(ネ)第4442号 正社員の地位確認等本訴請求、損害賠償反訴請求等事件

令和元年11月28日 東京高裁判決

(令和2年12月8日 最高裁決定)

* 事案を分かりやすくするため一部事実を簡略化しています。

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