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令和3年10月6日
今回は同一労働同一賃金に関して、基本給及び賞与の待遇差が不合理とされた裁判例をご紹介します。特に、基本給の待遇差が不合理とされた裁判例はあまり例がなく、定年再雇用後の労働条件について一定の基準が示されたという意味で実務への影響も気になる判決です。以前にご紹介した最高裁判決(長澤運輸事件)と同様、定年再雇用後の労働条件が問題となった事例ですが、裁判所の判断は大きく異なります。このあたりも要注目です。
本件は、上記の事実関係のもと、Xらが嘱託職員としての労働条件と正職員の労働条件の不合理な待遇差が労働契約法20条に違反するとして、その賃金の差額等を求めた事案です。
事案の概要④で述べた嘱託職員としての各労働条件について、正職員の労働条件との相違が不合理な待遇差であるといえるか否かが主要な争点です。なお、本件で問題となった労働契約法20条は、現在は改正により、同趣旨の条文が、いわゆるパートタイム労働法の第8条に移行しています。
労働契約法20条の解釈については、長澤運輸事件及びハマキョウレックス事件(ともに平成30年6月1日最高裁第二小法廷判決。詳細はこちらをご覧ください)と同様である。その上で本件では、労働契約法20条の3要素((1)職務の内容、(2)職務の内容及び配置の変更の範囲、(3)その他の事情)のうち、(1)(2)は相違がないとして(上記事実の概要③参照)、もっぱら(3)その他の事情として、XらがY会社を定年退職後に再雇用された者であるという点を考慮することになることを前提に、各労働条件について検討する。
基本給について
・Y会社の基本給は、正職員の基本給平均額が勤続年数に応じて増加するという年功的性格を有している
・Xらは、定年退職時と嘱託職員時でその職務内容等に相違がないにもかかわらず、基本給が50%以下に減額されており、その結果、Xらに比べて職務上の経験に劣り、将来の増額に備えて金額が抑制される傾向にある若年正職員の基本給をも下回っている。
・賃金センサスと比較しても、Xらの定年退職時の賃金は、一般に定年退職に近い時期といえる55歳ないし59歳の賃金センサス上の平均賃金を下回るものであり、むしろ定年後再雇用者の賃金が反映された60歳ないし64歳の賃金センサス上の平均賃金をやや上回るにとどまる
・基本給の減額を大きな要因として、Xらの賃金総額についても定年退職時の60%をやや上回るかそれ以下にとどまっている
・上記は労使自治が反映された結果ともいえない
以上の各事情に加えて、労務の対償の中核であり、賃金に占める割合が大きい基本給について、労働者の生活保障という観点を踏まえると、嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の60%を下回る限度で、労働契約法20条にいう不合理であると認められる。
なお、Xらが退職金の支払いを受けていること、高年齢雇用継続基本給付金及び老齢厚生年金(比例報酬分)の支給を受けることが予定されていることなどの事情は、定年後再雇用の労働者の多くに当てはまる事情であり、上記の不合理性を正当化するには足りず、結論に影響を与えない。
精皆勤手当及び敢闘賞(精励手当)について
所定労働時間を欠略なく出勤すること及び多くの指導業務に就くことを奨励する必要性は正職員と嘱託職員とで相違はないので、待遇差を設けることは労働契約法20条に反し不合理である。
家族手当について
家族手当は従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で支給されているところ、Y会社の正職員は嘱託職員と異なり幅広い世代の者が存在し得るので、そのような正職員について家族を扶養するための生活費を補助することには相応の理由がある一方で、嘱託職員は老齢厚生年金の支給を受けることができるので、正職員にのみ家族手当を支給するという労働条件の相違は不合理であるとは言えない。
賞与について
基本給とほぼ同様の理由により、賞与についても、基本給を正職員定年退職時の60%として計算した賞与の額を下回る限度で、労働契約法20条にいう不合理な相違にあたる。このことは、賞与が多様な趣旨を含みうること、嘱託署員の賞与が年功的性格を含まないこと、Xらが退職金の支払いを受けていること、高年齢雇用継続基本給付金及び老齢厚生年金(比例報酬分)の支給を受けることが予定されていることなどの事情によっても結論に影響を与えない。
本判決は以上の判断を示し、基本給と賞与について定年退職時の60%を下回る限度で労働契約法20条に違反するところ、このような違反な取り扱いをしたことについてY会社に過失があるとして、正職員との差額について不法行為に基づく損害賠償請求を認めました。
本件は、定年再雇用後の労働条件の相違の不合理性が問題となったという意味で、長澤運輸事件の最高裁判決と共通する点が多いですが、定年再雇用労働者が退職金の支払いを受けていること、年金の支給が予定されていること等が結論に影響を与えないとの判断を示した点や、基本給の待遇差が不合理であると示した点が大きく異なります。
(1)本判決のポイントは何といっても基本給の待遇差が違法と判断された点でしょう。基本給の待遇差が労働契約法20条に違反すると判断した裁判例はごく少数に限られている中で不合理だという判断を示したという点では画期的な裁判例だといえます。
そして、違法か否かのメルクマールとして60%という基準を示した点が特筆すべき点です。同様に6割を基準とする裁判例もあることから、それらの他の裁判例との整合性を意識した可能性もあります。
正職員と定年退職後再雇用職員との待遇差がどこまで許容されるかについて、本件が労働者の生活保障の観点からとして示した60%という水準は、今後の実務対応を検討する上で参考となりますし、会社に与えるインパクトは大きいと思われます。定年後は定年前と比べて基本給をはじめとする労働条件に大きな相違を設けている会社、特に正社員の基本給が相対的に高い会社にとっては定年後の基本給が5~6割減少する会社も多いと聞きますので、定年退職後再雇用の従業員の基本給を見直すことを検討する会社が出てくることも予想されます。
(2)とはいえ、60%という数字が一人歩きすることは危険だと思います。あくまで個別的事情に基づく判断であることに加え、本件は、職務の内容等が同じという事実関係のもとで判断されたものであるところ、本事案の当時と異なり、現在は、パートタイム労働法により、有期雇用労働者について、いわゆる「均等待遇」が適用されることになっています(同法9条)。均等待遇とは、職務の内容並びに職務の内容及び配置の変更の範囲が同一であれば、そもそも待遇差を設けることが許されないとするものです。そうすると、現在、同様の事案のもとで60%もの格差が許容されるかは極めて疑問です。一方で、職務の内容に一定の相違があった場合、どの程度までであれば長澤運輸事件の最高裁のように基本給の相違の不合理性が許容されるかについては予断を許しません。 むしろ本判決の特色としては、不合理性の判断基準として同じ会社の若手従業員や社会的な賃金水準との比較をしている点が重要であろうと思われます。定年再雇用後の労働条件を設計する上では十分考慮しておくべき事情であるといえます。
いずれにしても基本給の待遇差を違法とした長澤運輸事件の第一審の判断が、その後の控訴審・最高裁で覆ったことからも、今後の裁判例の集積を待ちたいと思います。その際、定年再雇用であることの特殊性、特に、退職金の支給や老齢厚生年金を受給といった事情が判断にどう影響を与えるか、慎重に推移を見守りたいと思います。
(3)なお、同一労働同一賃金ガイドラインでは、基本給が、労働者の能力又は経験に応じて支給するものか、業績又は成果に応じて支給するものか、勤続年数に応じて支給するものかといった性質の違いに応じて相違の不合理性を判断する考え方を示しています。賃金体系において基本給がどのような性質を有しているかの検討も忘れてはいけません。
また、賞与についても嘱託署員が正職員との間の待遇差を不合理とした点が特筆すべき点です。賞与については最高裁でその不合理性が認められた事例はないものの、大阪医科薬科大学事件のご紹介の際にも述べたとおり、賞与の不合理性を判断する裁判例は今後増えていくことが予想されます。詳細はこちらをご参照ください。
平成28年(ワ)第4165号 地位確認等請求事件
令和2年10月28日 名古屋地裁判決
* 事案を分かりやすくするため一部事実を簡略化しています。
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