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令和4年5月17日
今回は、業務上の作業により負傷した従業員が復職を求めた際に会社が行った解雇処分が無効と判断された事案です。第1審と控訴審とで判断が異なった事案であり、業務上の負傷等により休職中の従業員の復職を検討する際に参考になる事案だと思われますので、ご紹介します。
本件は、上記の事実関係のもと、XがY会社に対し、①本件解雇は無効であると主張し、Xが雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と、雇用契約に基づく賃金及び賞与の支払を求めるとともに、②Xが右小指を負傷したこと及びY会社がXの復職要請に真摯に対応しなかったことにつきY会社の安全配慮義務違反が認められると主張し、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償請求として慰謝料280万円の支払を求めた事案です。
本件の主な争点は、①本件解雇の有効性と、②Y会社の安全配慮義務違反の有無ですが、本稿では①本件解雇の有効性の判断について解説します。
一審(札幌地裁)は、Xの業務内容について、冷たいタラコを取り扱う上、一日に何度も手指を入念に洗い、アルコール消毒をしなければならず、包丁を用いることもあるなど、右手に相当の負担が掛かる作業であり、また、整形済のタラコの並べられたザルなど重い物を運ぶ作業もあったことから、本件診断書に記載されたXの症状内容と医師の意見に鑑みると、職場復帰後、右手に相当の痛みが生じることが予想されるほか、包丁を使えないことで業務に支障が出たり、重い物を持つことで疲労骨折等を生じる可能性があることなどから、Xが従前どおりの業務を行うことは困難であったと認定しました。
そのうえで、同じ部署で業務の軽減を図っても手への負担は避けられず、また、他の部署(整形部や洗函部)に配置転換したとしても、重い物を持つ作業があり、清掃部への配置転換はXが拒否したことからすると、解雇に至ったこともやむを得ず、手続的にも相当性を欠くものとはいえないし、本件解雇を有効と判断しました。
これに対し、控訴審では、一転、本件解雇を無効としました。その理由は以下のとおりです。
(1)第一審が判断根拠とした本件診断書について、Xが、障害補償給付の支給を申請するに当たり、右小指に残存した後遺障害の程度を証明するために作成されたものであって、Xの復職の可否等を判断するために作成されたものではなく、また、Xは、平成29年5月の時点で、Y会社に対し、仕事復帰の承諾が担当医から出ており、仕事復帰の希望を報告されている(上記事案の概要⑥)している。そうすると、Y会社としては、本件診断書に基づいてXが就労不能であるか否かを判断するというのであれば、本件診断書を作成した医師に問い合わせをするなどして、本件診断書の趣旨を確認すべきであり、そのような確認がされていれば、医師から、注意を払えば慣れた作業は可能である等の回答を得られたものと考えられる。
そうすると、しばらくの間業務軽減を行うなどすれば、Xが製造部へ復職することは可能であったと考えられ、本件解雇の時点において、Xが、製造部における作業に耐えられなかったと認めることはできない。
(2)本件解雇の時点において、XがY会社との雇用契約の本旨に従った労務を提供することが可能であったとは認められないとしても、慣らし勤務を経ることにより債務の本旨に従った労務の提供を行うことが可能であったと考えられるし、本件事故がY会社の業務に起因して発生したことを前提としてXが労災給付を受給していたことも踏まえると、かかる慣らし勤務が必要であることを理由として、Xに解雇事由があると認めることは相当でない。
(3)そして、復職に向けた協議の中で、勤務時間や賃金等の具体的な条件の提示やXとの調整はなされておらず、Xに対し、清掃係への配置転換を拒否すれば解雇もあり得る旨を一切伝えておらず、製造部での業務に従事させることができない理由や、配置転換を受け入れなければならない理由等について十分な説明をしたこともうかがわれない。
よって、Y会社が解雇回避努力を尽くしたものとみることもできない。
(4)平成29年11月7日の協議もY会社の担当者が「考えておきましょう。」と述べたところで終了しており、Y会社としては、Xを解雇する可能性も視野に入れていながら、Xに対し、退職勧奨を行うこともなく症状固定のわずか約1か月後に本件解雇の意思表示がされたものであり、Xからすれば、一度も解雇を回避する選択の機会を与えられないまま、解雇されるに至ったというほかない。
以上の理由から、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であったとは認められず、解雇権を濫用したものとして無効と判断しました。
本判決は、傷病による休職期間が満了した際の復職可否の判断において、直ちに従前の業務に復帰できる状態ではなくても、軽減した業務に従事可能であれば、配置転換の検討が必要であり、安易な解雇は許されないとした従前の裁判例の流れに沿うものです。特に本件のように休職の原因が労災にある場合は、慎重な検討が求められると言えます(ちなみに、本件においてY会社の安全配慮義務違反は、一審控訴審ともに否定されています)。
また、就労可否を検討する際に、医師の診断書の内容を重視する場合が多いかと思いますが、従業員のかかりつけの主治医が作成する診断書の場合、当該従業員の業務内容を理解しているとは限りませんので、日常生活レベルの復帰と、業務を遂行できるまでの復帰ではレベルの違いを意識して作成されていない可能性があります。また、従業員やその家族の希望を取り入れて診断書を作成することも少なくありません。
そこで、本判決が指摘するように、改めて会社担当者が医師の意見を聴取することが求められ、その際は、当該従業員の具体的な業務内容と、就労可否の判断が目的であることを伝えた上で意見を聴取することが必要になります。あるいは産業医がいる場合はその診察を受けさせるようにしましょう(労働者数50人以上の事業場では必ず産業医を選任しなければなりません)。その際も同様に、従業員の具体的な業務内容を改めて伝えた上で、就労可否の判断を求めることが必要です。
そして、業務を軽減すれば復職可とされた場合は、どのような軽減勤務とするのか、それが可能なのか、どのくらいの期間必要なのか、それらが本当に当人にとって軽減勤務になるのか、会社として配慮しなければならないことは何かなどの判断が必要となります。
復職可否の判断をする準備としては、休職中であっても定期的に本人と連絡をとることが肝要です。会社として窓口担当者を決めて本人の様子を窺うことは、後々、職場復帰の判断をする際に大きな参考となります。とはいえ、精神的な症状の場合は、本人の負担にならないよう留意しましょう。病状が良くない場合はメール、良くなってきたら電話や面談とし、頻度も本人の体調にあわせて最初は1か月に1回程度として、徐々に2週間に1回などと上げていくようにしましょう。会社の現状を知らせてあげることも必要です。本人が焦らないよう、回復をじっくり待っていると伝えるようにしましょう。
また、判断材料は多い方が良いので、本人に生活記録をつけさせることも有用です。
そして、仮に復職させる場合は、復職プランを作成しましょう。職務を軽減させる場合はその軽減内容(別の部署に変更するか、短時間勤務とするか、など)、復職後の産業保健スタッフ等との面談の頻度、医療機関の受診や服薬等の遵守事項の確認、給与等待遇の取り決め、などを盛り込んでおきます。
なお、復職の前提として、試し出勤は有効な手段だと思いますが、その間は例え軽作業や短時間であっても業務を命じている以上、労基法が適用されますので、賃金を支払う必要が生じます。よって、当該従業員が傷病手当金を受給している場合、その額が減額あるいは不支給になる可能性がありますので、その点の説明は十分しておきましょう。
令和元年(ネ)第295号 地位確認等請求控訴事件
令和2年4月15日 札幌高裁判決
* 事案を分かりやすくするため一部事実を簡略化しています。
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