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社会保険労務判例フォローアップ

令和4年7月14日

40.試用期間満了後の本採用拒否の有効性が問題となった判例(日本オラクル事件)

今回は、試用期間満了後の本採用拒否の有効性が問題となった事例です。採用後即戦力として活躍されることが期待されていた従業員の中途採用という事例ではありますが、試用期間と本採用拒否の考え方について参考になる事案ですので、ご紹介します。

 

事案の概要

Y会社は、コンピュータ・ソフトウェアの研究、開発等コンピュータ・ソフトウェア関連の事業を幅広く行う株式会社であり、グループ会社の1つである。
Xは、昭和39年生まれの男性で、平成2年以降、日本国内外の企業において、プログラマー、プロジェクトマネージャー等として就労しており、Y会社に入社する前には、平成30年7月まで、a社において勤務していた。
Xは、平成31年2月1日、Y会社との間で雇用契約を締結し(本件雇用契約)、通信業界の専門家であるテレコム・イノベーターとして採用された。本件雇用契約の中で、賃金は年額1560万円、試用期間は3か月間、キャリアレベルはIC5などと定められた
なお、テレコム・イノベーターの職責は、通信業界の顧客の役員・部長級の社員に対し、通信業界の専門知識に基づき、将来の通信業界における技術革新を積極的に議論して、Y会社が提供するソフトウェアなどのソリューションの営業につなげていくことであった。また、キャリアレベルIC5は、グループ会社における、日本での最高職位である。
Y会社の社員就業規則には、社員の試用期間は3か月間とし、特別に会社が認めた場合は試用期間の短縮または省略をすることがあること、試用期間中に健康状態・技能・勤怠その他について会社が不適当と認めた場合、採用を取り消すことがある旨が記載されている。
Y会社にとってのトップクライアント15社のうちの一社であるb社の部長らが出席する定例会議で、Xは、平成31年3月27日、プレゼンテーションを行った。
同年4月1日、Xは、人事面談の際、上司らからXの問題点を指摘された上で人事評価の基準を示され、週1回の頻度で3回の社内プレゼンテーションを行うよう指示された。Xは、その後2回の社内プレゼンテーションを行った。
Xは、平成31年4月22日、上司から、Xの試用期間を本採用に移行しない旨の通知を受け、同月24日、人事本部シニアマネージャーから、最終勤務日が令和元年5月末日になることを伝えられた。その後、令和元年5月29日、Xは人事本部シニアマネージャーらと面談を行い、最終勤務日が6月末日となることを伝えられ、同月30日をもって解雇された(本件解雇)

本件は、上記の事実関係のもと、Xが、本件解雇は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合にあたり無効であると主張して、Y会社に対して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認と、本来支払われるべき賃金及び賞与の支払いを求めた事案です。

 

争点

本件の主な争点は、本件解雇が客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であるといえるか否かです。

 

本判決の判断の要旨

Y会社が平成31年4月22日に本採用しない旨を通知し、同月24日に最終勤務日を同年5月末日と告げた時点で、試用期間内に、本件雇用契約により留保された解約権を行使する旨の意思表示が確定的になされたものである。

その後に、Y会社が解雇の効力発生日を、5月末日から6月末日に変更した点については、Xの地位を不当に不安定にするものであったとはいえないので、解雇の効力発生日を延期したとしても留保された解約権の行使としての解雇として扱われる。

 

留保された解約権の行使は、その留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当として是認される場合にのみ許されるものというべきであり、認められない場合には、権利を濫用したものとして、無効となる(労働契約法16条)。

本件に即して具体的に見ると、Xは、日本国内外の企業において、プログラマー、プロジェクトマネージャー等として長年の実務経験を有し、Y会社には人材紹介業者を通じて応募し、前職でも、通信業界において高額の取引を扱う管理職として勤務していた旨の履歴書を提出した上で、専門知識に基づき、通信業界の顧客の役員・部長級の社員と、技術革新について議論し、Y会社が提供するソリューションの営業につなげていくという職責を有するテレコム・イノベーターとして採用され、本件雇用契約においては、日本での最高職位であるIC5として、年額1560万円の賃金を支払われることが定められていたものである。したがって、Xは、大学新卒者の新規採用等とは異なり、その職務経験歴等を生かして、高度な業務の遂行が期待され、かつそれに見合った待遇を受ける、いわゆる即戦力となる高度人材として採用されたものであり、かつ、上記採用に至る経緯からすれば、Xもその採用の趣旨を理解していたと認めるのが相当である。

そして、その解約権の行使の効力を考えるに当たっては、かかる採用の趣旨を前提とした上で、試用期間中の執務状況等についての観察等によってY会社が知悉した事実に照らして、Xを引き続き雇用しておくことが適当でないと判断することが、採否の最終決定権の留保の趣旨に照らして客観的に合理的理由を欠くものかどうか、社会通念上相当であると認められないものかどうかを検討すべきことになる。

 

Xのコミュニケーション能力について、面談において上司が顧客とのコミュニケーションに問題があることを具体的に指摘したこと、b社との定例会議にXと同席した営業部長が、Xは基本的なコミュニケーションスキルに欠けており、顧客が聞きたい内容に答えられないと指摘したこと、Xとともにc社に対するプレゼンテーションを担当した従業員も、Xのプレゼンテーションについて、日本語がわかりにくく、また、Xが特定のテーマに固執したために、顧客の期待との間にずれが生じたと述べたことなどから低い評価がなされた。

そして、b社の部長の言動や、Xの作成したプレゼン資料が膨大な量であるため関係者に量を減らされたり、時間を大幅に超過することが繰り返され、受け手の期待や理解力を考慮することなく自らが伝えたい内容を一方的に伝達していたことなどから、上記の評価には客観的な裏付けがある。

 

テレコム・イノベーターの職責は、専門知識に基づき、通信業界の顧客の役員・部長級の社員と、技術革新について議論し、Y会社が提供するソリューションの営業につなげていくことであり、そのためには、相手の意見・考え方を理解した上で、通信業界における深い知識に基づいて、海外における業界の最新動向に関する情報を提供し、議論を進めることが必要であり、そのために必要なコミュニケーション能力は、相当に高度なものであることが推認されるところ、Xは、かかるテレコム・イノベーターに必要とされるコミュニケーション能力を有していない。

Xについて、その職務経験歴等を生かして、高度な業務の遂行が期待され、かつそれに見合った待遇を受けるという採用の趣旨を前提とすれば、そのコミュニケーション能力が、テレコム・イノベーターに求められる水準に達していないことを、試用期間中の執務状況等についての観察等によって、Y会社が知悉したということができるから、Xを引き続き雇用しておくことが適当でないというY会社の判断は、客観的に合理的理由を欠くものでなく、社会通念上相当であったと認められる。

したがって、本件解雇は、権利の濫用には当たらず、有効なものというべきである。

コメント

本事案のような本採用拒否について、昭和48年12月12日最高裁判決(三菱樹脂事件)において、試用期間中であっても雇用契約自体は成立しており、ただ会社に解約できる権利が留保されているに過ぎないものであると判断しており、本判決もその考え方を踏襲しています。

つまり、本採用拒否の場合も解雇に該当するので、解雇予告や、解雇事由について、客観的に合理的な理由及び社会通念上の相当性が必要になります。もっとも、採用決定の当初には、その者の資質・性格・能力などの適格性の有無に関連する事項につき資料を十分に収集することができないことから、通常の解雇よりも広い範囲において解雇の自由が認められると解釈されており、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当として是認され得る場合にのみ許される、としています。そのため、会社としては、当該労働者の適格性が欠如していることについて、具体的根拠(勤務成績や態度の不良等)を準備しておく必要があるわけです。

なお、試用期間については、こちらもご参照ください。

 

本判決では、解雇の効力発生日が延ばされたことも、従業員の地位を不安定にするという意味で問題とされています。ただ、本件では、変更後の効力発生日が試用期間満了日から2カ月以内であったこと、Xに就職活動をする時間的猶予を与えて円満に事態を納める目的があったため問題ないとされています。試用期間中に本採用拒否の旨を通知した際に、解雇日は試用期間満了後の比較的自由な日を指定できますが、あまり先にならないようにすることと、解雇日を明確に特定することは必要です。改善が見られないときに解雇する、などといった条件付きの通知は行わないようにしましょう。

 

Xの主張として、上司から必要な能力等の説明を受けておらず、また、Y会社が、Xに対し、評価基準を明らかにしていなかったことも挙げています。

本件では、使用者が留保された解約権を行使するに当たり、労働者に対し、あらかじめ、詳細な評価基準を明らかにした上で、試用期間中の執務状況等についての観察等によって明らかになった事情を当てはめて評価することは、一般的には評価の客観性を高めることにつながるとしても、常にそれが求められるものではなく、Xを引き続き雇用しておくことが適当でないというY会社の判断が、事前に明らかにした詳細な評価基準に当てはめて導かれたものでなかったとしても、結局、採否の最終決定権の留保の趣旨に照らして客観的に合理的理由を欠くものでなく、社会通念上相当であると認められる場合には、本件解雇が解雇権の濫用には当たらないこととなると判断してその主張を排斥しています。

ただ、ある程度評価基準を明らかにすることが評価の客観性を高めることに繋がることは確かですし、例えば、新卒採用者や未経験者については、会社が必要な指導や教育を行わないまま、能力不足等を理由に本採用拒否しても不当であると判断されるリスクが高くなりますので、評価基準に満たないことの客観的裏付けを準備しておく意味でも、指導書の交付状況や教育や研修の実施記録等は、書面としてきちんと残しておくようにしましょう

 

また、Y会社は、Xが前に勤務していたa会社に照会をした結果、Xが、履歴書に不正確な記載をしたことが判明したこと(E2E事業本部長として勤務し、取引規模が約5億円から25億円の取引を管理していたとの記載が事実ではなかった)が解雇の有効性を認める事情になる旨の主張をしましたが、Xの試用期間経過後に明らかになった事情であるとして排斥されています。逆に言うと、試用期間中に判明した事情であれば、考慮することができるということになります。但し、いわゆる前職調査を行うこと自体は問題ないとしても、照会先において、本人に無断で第三者が個人情報を提供することが個人情報保護法違反になるとして回答を拒否される可能性が高いことは留意しておきましょう。どのような情報を取得するか明確にした上で本人の同意を得ておいた方が無難です。

 

なお、本件で問題となったXのコミュニケーション能力の評価の点について、訴訟におけるX本人尋問における受け答えの態様(X代理人からの質問の際に質問と関連性が薄い事柄について延々と述べて趣旨を理解することが困難な供述を続けているなどの指摘)も、Y会社による評価を裏付けると認定している点も興味深いところです。法廷における尋問という特殊な場面であることを考慮した上でなおそのような認定がされていることから、少なくとも主尋問における受け答えの準備は入念に行っておく必要性を感じます。

 

参考

令和元年(ワ)第29494号 地位確認等請求事件

令和3年11月12日 東京地裁判決

* 事案を分かりやすくするため一部事実を簡略化しています。

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