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社会保険労務判例フォローアップ

令和4年11月15日

44.出産後1年を経過しない従業員に対する解雇が問題になった裁判例

今回ご紹介する裁判例は、子どもを出産して産休・育休を取得した従業員が復職を求めた際に会社から拒否され解雇されたという事案です。解雇が出産後1年以内であったため、通常の解雇としての要件に加えて、男女雇用機会均等法違反も問題となった事例です。出産後1年以内の従業員を解雇するリスクをご確認ください。

 

事案の概要

Y会社は、2か所の認可保育所及び障害者支援施設等を経営する社会福祉法人である。
Xは、平成24年5月、Y会社が経営するA保育園にパート保育士として入職し、平成25年春、正規職員に登用された者である。
Xを含む一部の保育士グループが、平成26年4月頃から、A保育園のB園長との間で保育方針等をめぐって見解の対立が見られ、意見や質問を行ったり、B園長とは異なるやり方を提案することがあった。
Xは、平成28年秋頃に妊娠が判明し、Y会社との間で、平成29年3月末まで勤務し、同年4月1日以降産休に入ることを合意した。
Xは、同年5月10日に第1子を出産した。その後、育児休業給付金の給付を受けた。
Xは、平成29年秋頃、平成30年度の保育園入所のために必要な在職就労証明書を依頼したところ、Y会社は在職就労証明書を交付した。その結果、Xは、平成30年4月1日から第1子の認可保育所への入所が決定した。
Xは、平成30年3月9日、Y会社の総務課職員と面談し、同年5月1日を復職日としたい旨を伝え、復職後に時短勤務を希望する書類を提出した。
XとY会社理事長は、平成30年3月23日に面談し、Y会社理事長が、Xに対し、Xを復職させることはできない旨伝えた(本件解雇)。この際、Xが解雇理由証明書を交付するよう求めたことから、Y会社はXに対し、同月26日付で解雇理由証明書(甲4の1)を交付した。
Xは、平成30年3月26日、Y会社に対し、本件保育園に掲示されている退職者の一覧にXの名前を記載するように求め、Xの名前が記載された。
本件解雇により、Xの子について保育所への入所は取消となった。
また、Xは、令和元年〇月〇日に第2子を出産した

本件は、上記の事実関係のもと、XがY会社に対して、本件解雇が客観的合理的理由及び社会通念上相当性があるとは認められず権利の濫用にあたり、また、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「均等法」といいます)9条4項(妊娠中または出産後1年を経過しない女性労働者に対する解雇を原則として禁止する旨の条項)に違反するから無効であるとして、労働契約上の権利を有することの確認と賃金及び賞与の支払、さらに、本件解雇が不法行為にあたるとして、第2子について受給できなかった育休・産休の社会保険給付相当額の損害賠償金と慰謝料の支払いを求めた事案です。

 

争点

本件の主な争点は、①退職合意の成否、②本件解雇の有効性、③不法行為に基づく損害賠償請求の可否です(その他賃金請求権や賞与請求権についても争点になっていますが本稿では割愛します)。

 

本判決の判断の要旨

Y会社が、平成30年3月23日のXとY会社理事長との面談において、退職合意が成立したとの主張について

労働者が退職に合意する旨の意思表示は、労働者にとって生活の原資となる賃金の源である職を失うという重大な効果をもたらす重要な意思表示であるから、退職の意思を確定的に表明する意思表示があったと認められるか否かについては、慎重に検討する必要がある

本件でXは、Y会社理事長から、退職を条件に3か月の特別休暇を与える提案を断り解雇理由証明書の発行を求めていたことが認められ、このようなXの言動は、Xが退職に納得していないことを示すものと解される。Y会社理事長の言動や解雇理由証明書を発行していることからすれば、面談における復職させることはできない旨の通告は、実質的には、Xに対する解雇の意思表示であったと認めるのが相当である。

Xが平成30年3月末の本件保育園の退職者の一覧に自分の氏名を加筆させた点についても、Xが解雇に不満がありつつ、保護者や園児に対して復職できないことを伝えるために退職者一覧に自己の氏名を載せるように求めることは不自然とはいえないから、Xの承諾の意思表示があったと推認することもできない。

よって、XとY会社との間に退職合意は成立していない。

本件解雇における客観的合理的理由及び社会通念上相当性の有無について

Xが本件保育園の施設長であるB園長の保育方針や決定に対して質問や意見を述べたり、前年度の行事のやり方とは異なるやり方を提案することがあったことは認められるものの、B園長の指示、提案に従わず、ことあるごとに批判的言動を繰り返し、最終的に決まった保育方針、保育過程に従う姿勢を示さなかったとは認められない。Xが質問や意見を出したことや、保育観が違うということをもって、解雇に相当するような問題行動であると評価することは困難である。

また、Xの言動等に対して、B園長からの細かな注意、指導を行わなくなったと認められることや、Xが本件解雇以前に懲戒処分を受けたことはないことからすると、XのB園長らに対する言動に、仮に不適切な部分があったとしても、Y会社が主張するようにB園長がXに対して度重なる注意、改善要求をしていたとは認められないのであって、Xには、十分な改善の機会も与えられていなかったというべきである。

よって、Xの言動等は就業規則上の解雇事由に該当するとはいえないから、本件解雇は、客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当であると認めることもできず、権利の濫用として、無効であると解される。

 

均等法9条4項違反について

均等法9条4項は、妊娠中及び出産後1年を経過しない女性労働者については、妊娠、出産による様々な身体的・精神的負荷が想定されることから、妊娠中及び出産後1年を経過しない期間については、原則として解雇を禁止することで、安心して女性が妊娠、出産及び育児ができることを保障した趣旨の規定であると解される。

同項但書きは、「前項(9条3項)に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない。」と規定するが、前記の趣旨を踏まえると、使用者は、単に妊娠・出産等を理由とする解雇ではないことを主張立証するだけでは足りず、妊娠・出産等以外の客観的に合理的な解雇理由があることを主張立証する必要があるものと解される。

そうすると、本件解雇には、客観的合理的理由があると認められないことは前記のとおりであるから、Y会社が、均等法9条4項但書きの「前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明した」とはいえず、均等法9条4項に違反するといえ、この点においても、本件解雇は無効というべきである。

不法行為に基づく損害賠償請求について

本件解雇は、客観的合理的理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められず、権利の濫用に当たり無効であることに加え、均等法9条4項に違反するものであるから、違法であり、Y会社に不法行為責任が成立すると解される。

そして、Y会社による本件解雇がなければ、第2子を出産した令和元年〇月〇日の産前産後休業及び育児休業を取得可能であり、産前42日間及び産後56日間は出産手当金として標準報酬月額の3分の2、育児休業開始日(産後57日目)から180日間は育児休業給付金として休業開始時賃金日額の67%、その後は同50%を受給できたことが認められる。そして、本件解雇がなければ、Xの第2子の出産に係る産休・育休期間は、平成31年4月1日から令和2年4月末日までと合意されたであろうと考えられることからすると、当該期間に受給できなかった出産一時金及び育児休業給付金相当額(約186万円)が、本件解雇と相当因果関係のある損害といえる。

慰謝料については、解雇が違法・無効な場合であっても、一般的には、地位確認請求と解雇時以降の賃金支払請求が認容され、その地位に基づく経済的損失が補てんされることにより、解雇に伴って通常生じる精神的苦痛は相当程度慰謝され、これとは別に精神的損害やその他無形の損害についての補てんを要する場合は少ないと解される。

もっとも、本件においては、育児休業後の復職のために第1子の保育所入所の手続を進め、保育所入所も決まり、復職を申し入れたにもかかわらず、客観的合理的理由がなく直前になって復職を拒否され、均等法9条4項にも違反する本件解雇をされた結果、第1子の保育所入所も取り消されるという経過をたどっている。このような経過に鑑みると、Xがその過程で大きな精神的苦痛を被ったことが認められ、賃金支払等によってその精神的苦痛が概ね慰謝されたものとみることは相当ではない

そして、本件に表れた一切の事情を考慮すれば、Y会社による違法な本件解雇により、Xに生じた精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は30万円と認めるのが相当であり、これと相当因果関係にあると認められる弁護士費用3万円と併せて、Y会社は損害賠償義務を負うというべきである。

コメント

本件は、出産後1年以内の従業員が解雇されたということで、均等法9条4項違反が問題となった事例であり、平成18年の均等法改正で追加された同条項違反が認められた初めての裁判例と思われます。

本判決後、X、Y会社双方が控訴しましたが、解雇が無効であるという結論は変わらず、むしろXが控訴審で請求を拡張した、第2子の出産一時金及び育児休業給付金を受け取れなかったという損害分の弁護士費用も追加で認められました。その後は上告せずに確定しています。

本件において、出産後1年を経過しない従業員に対する解雇が無効とされたわけですが、もちろん、妊娠中や産後1年を経過しない従業員であっても、妊娠や出産とは別の理由で解雇することが禁止されているわけではありません。均等法9条4項にも、事業主が当該解雇について妊娠や出産を理由とする解雇でないことを証明したときは当然には解雇は無効ではない旨の規定があります。ただ、この点について本判決では、使用者は、単に妊娠・出産等を理由とする解雇ではないことを主張立証するだけでは足りず、妊娠・出産等以外の客観的に合理的な解雇理由があることを主張立証する必要があるものと解されると判示しています。主張立証できない場合は均等法違反になるということです。

通常の解雇の要件である客観的に合理的な理由等がないことだけで、解雇が無効であるとの結論は導けますが、本判決はさらに、均等法違反であることも明示した上で不法行為が成立すると判断しています。その上で給付されるべき出産一時金・育児休業給付金等を損害と認定し、さらに、通常は労働者としての地位確認や賃金請求により金銭的補填がされたと認められる傾向にある精神的損害についても、保育所入所取消という事情はあるにせよ、別途慰謝料として認めています。つまり、不当解雇であるからといって必ずしも不法行為を構成するとは限らないところ、本件解雇は均等法に違反していることが不法行為と認定された大きな要因となっており、その場合は本件のように思わぬ高額の損害が認定される可能性があるということです。

均等法9条4項が例外を認めない強力な規制であることを再確認した上で、産後1年を経過していない従業員を解雇する場合には、通常の解雇の要件があるか否かを最大限慎重に検討する必要があります。

そして、通常の解雇の要件を検討するにあたっては、日ごろの注意・指導や改善要求、処分の積み重ねが重要になることを改めて確認しておきましょう。

参考

平成30年(ワ)第31796号 地位確認等請求事件

令和2年3月4日 東京地裁判決

* 事案を分かりやすくするため一部事実を簡略化しています。

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