トップページ  >  連載  >  消費者問題16

消費者問題

平成27年9月30日

16.企業のための消費者法 ―EU消費者法指令の考え方と世界への影響―

EU消費者法指令の目的

EU(欧州連合)では、加盟国に対して、ある目的を達成するためにさまざまな指令を出して、加盟国内で適切な法令が制定されるよう求めています。そして、加盟国はその指令に基づく法令の制定が義務づけられます。

消費者法の分野においても、EUでは、さまざまな指令が出されていますが、最も有名なものは「不公正取引行為指令」(略称「UCPD」)と呼ばれる指令です。前述のとおり、EU指令は、欧州連合としての「ある目的」を達成するために出されるものですから、「不公正取引行為指令」にも目的があり、それは、「EU域内における事業者の消費者に対する不公正取引行為について、単一かつ共通の一般的な禁止を設けることによって、消費者の信頼を高め、消費者や事業者(とりわけ中小企業)が国境を越えた取引をすることを、より容易にすること」です。

国境をまたぐ取引では、慣習や法制の違いが、取引の阻害要因となることがありますが、その阻害要因である不公正な取引行為を禁止して、消費者の信頼を高め、国境を越えた取引をより容易にし、取引を活性化しようとするのが、不公正取引行為指令の目的です。

EU消費者法指令(不公正取引行為指令)と加盟国法制化の影響

EU指令が定める「不公正取引行為」には、①消費者の誤認を誘発する行為またはそのおそれのある行為(誤認惹起行為)として23類型、②消費者に対して嫌がらせや強迫また不当威圧となる行為またはそのおそれのある行為(攻撃的取引行為)として8類型が列挙されており(その個別内容は紙幅の制約により省略します)、加盟国はこれらの行為を、消費者の意思を歪める不公正なものとして禁止する法律を制定する義務を課せられています。そして現実に、この指令を実行する法律がEU諸国において順次定められています。

EU諸国には多くの先進国があり、活発な経済活動が行われている国も多いので、これらの諸国で統一的な法制化がなされ、平準化されると、それが世界的な影響を及ぼす事態も少なくありません。

現実に、先日ご紹介した電話勧誘拒否登録(Do-Not-Call)制度(DNC)などは、EU指令(e-プライバシー指令)が、不招請の電話勧誘について、オプトイン規制(原則禁止、例外的に消費者が要請した場合に許可)か、またはオプトアウト規制(原則許可だが、消費者が事前に拒絶の意思を表明した場合は禁止)を、加盟国に国内法制化するよう義務づけしたため、これがEU諸国で次々立法化されて、電話勧誘原則禁止(ドイツ)または電話勧誘拒否登録制(DNC.ドイツ以外)が採用されました。そのため、EUの加盟諸国との経済的関係が深いEU域外の国々でも次々とDNCが採用されて、これが世界的潮流となった経緯があります。

EU消費者法指令は事業活動を萎縮させるか

ここで注意すべきは、先にEU消費者法指令(不公正取引行為指令)における目的に見たように、先進諸国においては、これらの消費者法制が、消費者保護のためにする事業者への規制というような「消費者対事業者」の対立軸では捉えられていないということです。事業者による不公正な行為を禁止して、市場の公正化をはかり、市場の信頼性(国際的国内的)を高めて、取引をより容易にし、取引の活性化を図ろうという目的で立法されているのです。

冷静に考えてみれば、不公正な取引行為がなされたことによって、ある消費者が被った損失は、不公正行為を行った悪質事業者の利得となっており、それは本来的には、公正な市場において、真面目な事業者が得られるべき利益になったかもしれないものです。つまり、不公正な取引行為が放置されたことにより、本来的な市場はそれだけ縮小され、真面目な事業者にとっては、不当に利益獲得の機会が剥奪されていると言えるべきものです。

消費者法制は、一面的近視眼的な見方をすれば、「消費者保護(事業者規制)=営業活動への干渉」ということになりがちであり、我が国においては特に経済界においてそのような捉え方をする方も多いのが現状ですが、「公正市場の確保」のためになされているものであり、信頼性の高い市場には安心して取引に参入できるメリットが消費者にはあります。市場の安心が取引を増やし、同時に取引を減らさない要因になり、それは事業者にも大きなメリットとなるはずです。

いずれ日本においても、EU消費者法指令における誤認惹起行為や攻撃的取引行為の幾つかが、「不公正な取引行為」として禁止されて、歪みのない公正な市場の形成に一役買う日が来るのではないでしょうか。

top