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消費者問題

令和2年12月10日

31.事業者のための消費者問題 ―消費者紛争はどのように処理されているか その2―

はじめに

前回、最近では裁判所でも消費者紛争の適正妥当な解決に問題意識を持ち、司法研究報告のテーマにこの問題を採り上げたことや、この研究報告の特徴の一つとして、消費生活相談員やACAP会員事業者から聞き取りを行い、消費者紛争を消費者と事業者の双方の角度から見ることや、裁判におけるPIO-NETの活用が論じられていることを紹介しました。今回は、その1番目の特徴について掘り下げてみましょう。

 

証拠の偏在

裁判では、権利や義務否定を求める当事者がその要件事実を主張立証しなければなりません。消費者紛争の典型的なパターンは、消費者側が契約や商品の問題点などを主張し、事業者側が契約内容通りの履行を求めることが殆どですが、消費者側が自己の言い分に直接的に沿う書面を持っていることは殆どなく、証拠書類は専ら事業者側に偏在しています。裁判の構造上、当事者は対等な立場ですが、消費者紛争を消費者と事業者の双方の角度から見るとこの違いは明らかです。裁判所も近時はこの点を認識しており、「消費者側の主張事実を証する書面がない」=「その事実が認められない」というような一兆上がりの判断をすることは無くなりつつあります。つまりそれは間接事実や間接証拠の積み重ねを汲み取ってゆく丁寧な審理判断へと繋がっていきます。

 

消費生活相談の現場を知る

では裁判におけるPIO-NET情報の活用とは何でしょうか?一般に裁判をするには費用も時間も手間もかかりますが、消費者紛争で問題とされる金額はさほど大きくないことが多く、これが裁判に至るケースはほんのごく一部です。裁判を起こす前に苦情を持った消費者が駆け込むのが各自治体に設けられた消費生活センターであり、そこで相談をし、場合によってはセンターが消費者と事業者の間に入って、あっせんすることにより紛争を解決しています。つまり消費者紛争は、裁判所におけるよりもはるかに多くの件数が、全国のセンターにおける消費生活相談の現場で処理されているのです。

これら全国にある消費生活センターに寄せられた苦情や相談の具体的事例が、消費者に関する情報、事業者に関する情報と共に、それを担当した消費生活相談員の手によって、各センターに設置された端末機に入力され、それらが国民生活センターのホストコンピューターで結ばれて、PIO-NET (全国消費生活情報ネットワーク・システム)情報として蓄積されています。つまりこの情報によれば、どの事業者による、どんな手口の、どんな被害が、いつどこで起こったか、それがそれぐらいの件数あるのかをすぐに知ることができます。もちろんこのようなセンシティブ情報は一般には公開されておらず、誰でも見ることができるものではありませんが、消費生活相談員が相談現場で消費者に助言等をするにあたって、端末機を操作すれば、上記の情報を入手して解決に役立てることができます。また相談員が自身で担当した事案も入力することによって、どんどん情報が蓄積されてゆく訳ですが、この被害相談事例の重要情報は、裁判所からの調査嘱託や弁護士会照会の手続によっても入手することができます。但し、問題を感じた消費者が全て消費生活相談を利用する訳ではないので、センターに相談すらもなされなかった被害事案も暗数としてかなりあることに留意を要します。

裁判官が事件を通じで消費者紛争に接するのはほんのごく僅かにすぎず、裁判官は当事者たる事業者が他でどんな問題を起こしているのかについて全く情報を持っていません。しかし裁判官がこのPIO-NET情報を見ることによって、相談現場における当該事業者の位置づけ的なものが理解できるようになるのではないかと言われています。「PIO-NET情報には玉石混交的な要素はあるけれども、何らかの形で裁判に取り入れることを考えても良いのではないか」とか、「現場を知ることが、事件解決の方向感覚やバランス感覚を養うことに繋がる」という意識を持った裁判官が、消費者紛争におけるPIO-NET情報に、一定の意義を認めるようになってきたと言えるでしょう。

次回には、消費者紛争裁判における深堀りの2つ目として、事実認定における行動経済学や社会心理学の活用について述べてゆくことにします。

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