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相続

平成26年7月27日

5.生前贈与と相続

今回は、生前贈与が行われていた場合、相続に際して生じる問題点についてお話しいたします。生前贈与のうち、遺産分割の際によく問題になるのは「婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として」の生前贈与です。他の相続人に比して「特別」に利益を受けるような贈与を類型化したもので、これを「特別受益」と呼びます。相続に際しては、特別受益の価額を本来の遺産に加え(「持ち戻し」と言います。)、加えた後の総額を相続財産とみなして相続分を計算します。

例えば父親が亡くなり、子供のAとBだけが相続人(相続分は平等)だったとします。遺産合計は3,000万円でしたが、Aの結婚費用の一部300万円を父親が出しており、Bが個人で始めた事業資金の一部500万円を父親が出していた場合を考えますと、これらは特別受益ですので、その合計800万円が一旦持ち戻され、3,800万円を相続財産とみなします。そうするとAとB各1900万円が一応の相続分になり、Aは1900万円から受領済みの300万円を引いた1600万円が、Bは同じく500万円を引いた1400万円が、本来の遺産3,000万円に対する具体的相続分ということになります。特別受益を相続分の前渡しのように考えて、トータルではできるだけ法定相続分通りになるように、相続時に調整するわけです。

比較的分かり易い話だと思いますが、現実の遺産分割調停においては、この特別受益の有無や金額がよく問題になります。なぜ問題になるのか。問題が生じないようにするにはどうしたらいいのかが、今回のテーマです。

まず、問題になってしまう原因ですが、これは、特別受益に関する資料や記録が残っていないことが多いからです。特別受益に該当する贈与が行われるときに、将来の「持ち戻し」のことを考える人はあまりいませんし、その後相当の年月が経過した後に相続が発生することも多いので、資料が残りにくいのです。資料がないと、特別受益を受けたという人の「正直な申告」に頼らざるを得ませんが、記憶に基づくので曖昧な部分も生じます。他方、当事者以外の相続人はその実態を詳しくは知らないことも多いので、「申告」の真偽を確認することができません。申告者が不正直な場合もあるでしょうが、他方、「特別受益を得たはずだ。」ということが「思い込み」に過ぎない場合もあり得ます。真偽を確認できない「申告」と「思い込み」が錯綜すれば、疑心暗鬼が生じて揉めてしまうのも当然です。

従って、こういう問題が生じないようにするには、まずは資料を残しておくことが大切です。残された相続人の納得の問題ですから、与えた親が資料を残しておくべきです。

次に、遺言書を書いておけばこの問題を防げるかについて検討します。遺言書があれば、遺産分割協議自体が不要なので、「持ち戻し」の問題は基本的に生じないはずだからです。

しかし、例えば上記の例で「全遺産をBに相続させる」といった遺言をする場合は、Aの遺留分が問題になり、遺留分を計算する際には、やはり持ち戻しが必要になります。明らかに遺留分が問題になる場合以外でも、遺留分が問題になるかどうかを確認するにはどうしても持ち戻し計算が必要なのですから、やはり特別受益の記録を残しておくべきだ、と言うことになります。

もう一つ、「持ち戻しの免除」という方法があります。例えば、父親が、Bの特別受益については、相続に際して持ち戻さなくても良い(免除する)という意思表示をしておけば、Bは持ち戻しをしなくて良くなります。では、免除するのだから特別受益の記録は残さなくてもいいかというとそうでもありません。

持ち戻しの免除も、遺言の場合同様、他の相続人の遺留分を侵害することはできないからです。つまり、上記の遺言書の場合と同様の理由で、持ち戻しの免除をする場合にも、やはり特別受益の資料は残しておくべきだということになります。

要するに、遺言や持ち戻し免除の制度は、被相続人が自己の財産を残された相続人の誰に、どれだけ遺してやるかを自分で決定するための有力なツールではあるのですが、特別受益の記録を残しておかないと、「揉める元」になりかねないということです。

一々記録を残すことは面倒でしょうし、自分の子に限って揉めることはないと思われるかもしれません。しかし、特別受益を与えると、相続時において、原則的には「持ち戻し」をしなければならないことを理解して頂ければ、資料を残すことの重要性も分かって頂けると思います。揉めたくなくても、また事実が確定できさえすれば揉めないことでも、資料がないために疑心暗鬼が生じて揉めてしまうことがあるのです。また、特別受益の記録を残しておけば、持ち戻しの免除を認めるかどうかを考える資料にもなりますし、遺言書を作成する際にも、「誰にどれだけ遺すべきか」を考える一つの資料になります。別に堅苦しく考える必要はなく、スクラップブックに資料を張り付けて、ちょっとした説明を加えておけばいいのです。そんなに件数があるわけでもないでしょうから、ぜひ試みて頂きたいと思います。

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