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相続

平成26年11月29日

9.借金の相続

今回は、借金の相続のお話です。相続は、亡くなられた方の地位をそのまま承継する制度ですので、借金も当然承継します。相続する借金が相続する資産より多い場合は、「相続放棄」や「限定承認」という、相続人が自腹を切ってまで借金を支払わなくても良いようにする制度もありますが、ここではそういう制度を利用しない普通の相続についてお話します。

まず、法律以前の問題として相続人が困るのは、「被相続人が借金を隠していた」場合です。この場合は督促状などが来ないと借金の存在自体が分かりません。借金の総額が分からないまま、そのような借金が判明する都度、場当たり的な対応をしていると、その後予想外に借金が増えていっても、もはや上記の「相続放棄」や「限定承認」の手続きを利用できなくなる場合も生じます。結局相続人が多額の借金を支払っていかねばならないことにもなりかねません。

ですから、そもそも借金をする場合は、出来ればすべてオープンにしておくべきですが、それができない何らかの事情がある場合でも、最低限のマナーとして、どこにどれだけの借金をしているのかについてまとめた表くらいは作成し、自分に万が一のことがあった場合、それが相続人に分かるような手は打っておかねばなりません。以前、生前贈与等について記録を残しておくことの重要性は申し上げましたが、借金の総額も、相続人に早急に分かることが重要で、相続人が専門家に相談して対応策を検討する時間的余裕が生まれます。

次に、借金を相続することになった場合の処理方法について考えます。

注意して頂きたいのは、借金については、相続開始時点で各相続人が法定相続分に応じて当然に承継する」という大原則があるということです。例えば夫(父)が死亡して、妻(母)と子供二人(A,B)が相続人の場合で、借金が500万円残っていたとすると、債権者との関係では、妻(母)が250万円、子供A,Bは一人当たり125万円の借金を、夫(父)が死亡した時点で自動的に背負ってしまうことになります。

借金には利息が付くこともあり、遺産としてすぐに換価できる預貯金等が相当程度あるような場合は、相続人間で、借金だけは返済しておこうという合意をして、借金だけをまず処理しておくことは良くあります。ただ、預貯金等がそれほどない場合はそういう処理もできません。

また、遺産分割調停がうまくいかず、審判が言い渡される場合は、上記の原則通り、各相続人が法定相続分に従って、遺された借金をそれぞれ支払っていくことになります。つまり借金は審判の対象になりません。

しかし、例えば上記の子供のAさんが、「借金は今後私が支払っていくので、自宅土地建物は私が相続したい。」といった主張をして、他の相続人も「借金を支払っていってくれるならそれでも良い」と考えることは良くあります。

借金が法定相続分に従って当然に分割されてしまうのなら、そういう遺産分割はできないのではないかという疑問も生じ得ますが、そういう遺産分割協議(調停)を成立させることも可能です。債権者も、Aさんから全額支払われ続けている限り、他の相続人に請求することはありません。

ただ、あくまで「支払われ続けている限り」ですから、Aさんが支払いを滞らせてしまった場合には、原則に戻ってしまい、残った債務について、債権者から他の相続人にも、法定相続分に従った支払いを請求されることになります。この場合、他の相続人は、債権者に対し、「それはAさんが支払うことになっているから、滞っている分や今後の支払をどうするかについてもAさんと話をしてくれ」とは言えません。遺産分割協議は、あくまで「相続人内部の取決め」なので、取決めに参加したわけでもない外部の人(債権者)には関係のないことだからです。勿論、他の相続人が一旦債権者に支払った金額については、その相続人からAさんに請求できることになりますが、もともとAさんが借金を支払えなくなったからこういう問題が生じるわけなので、Aさんから直ちに支払って貰える可能性は極めて低いということになります。

「借金を背負ってくれるのなら」ということで上記のような形の遺産分割に応じられる方も結構おられます。私の経験した例でも5000万円近い借金のあった事案でそういうことになりかけて、そんな簡単な話ではないとご説明申し上げたことがありましたので、敢えて申し上げる次第です。

このような事態が生じないようにする事前の対策としては、上記の例でいえば、Aさんに他の銀行から500万円を借り入れて貰ってお父さんの借金を支払い、Aさん個人の借金だけを残すという、いわゆる借換えを行うことを条件にして上記の遺産分割を成立させる、といったことが考えられます。そうしておけば、万一Aさんの支払いが滞っても、他の相続人に請求されることはありません。上記の例では、自宅土地建物を担保に使えるにもかかわらず、Aさんが借換えもできないような人(つまり金融機関から見て、担保を取ったとしても、そもそも月々の支払い能力自体に「?」が付いてしまう人)なのであれば、上記の問題が将来発生する危険性も高い、ということになります。

単に「借金を背負ってくれるなら」と安易に考えるのではなく、万一のことも考慮したうえで、慎重に対処することが肝要です。

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