トップページ  >  連載  >  相続10

相続

平成27年1月5日

10.限定承認・相続放棄

今回は、相続によって何を承継するかという話です。亡くなった方の資産(不動産、預貯金など)も負債(借金など)も、全部承継するのが原則で、これを相続の単純承認と言います。普通に行われている「相続」はこれを指します。

これに対し、「限定承認」は、遺産のうち、資産の範囲内でのみ負債を相続する場合を言います。被相続人の資産全部を換価して債権者に配当すれば、残った負債は支払わなくても良いという制度です。もし全額を支払って余剰が出れば、それは相続人で分けることができます。従って、資産を売却してみないと借金が残るか、余剰が出るかよくわからない、といった場合などに用いられます。「限定承認」は相続人全員で行う必要があります。

 

相続放棄」は文字通りの意味ですが、正式に相続放棄をした人は、その相続に関し、最初から相続人ではなかったことになります。従って、資産も負債も一切承継しません。被相続人の遺した負債が明らかに多過ぎるとか、相続人の人間関係が複雑であるなど、何らかの理由でその遺産相続には関わらないことにする場合に用いられます。あくまで「その相続に関し」相続人でなくなるだけですから、例えばお父さんが亡くなった際に相続放棄をした子供も、その後お母さんに関して相続が生じた場合は、なお相続人です。相続放棄は各相続人が単独でできますが、被相続人の生前にはできません。

 

手続としては、「限定承認」、「相続放棄」ともに、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所において、その旨を申述するという手続きが必要です。この手続きを踏んでおきませんと、例えば相続人Aさんが、他の相続人の方々全員に「私は相続を放棄します」と宣言し、他の相続人の方々全員がそれを了解していたとしても、Aさんは被相続人の債権者に対しては、その法定相続分につき借金から免れることはできません。

 

「限定承認」や「相続放棄」の手続は、法律上、「自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に」しなければならないと定められています。この期間内に何もしなければ「単純承認」したことになるのですが、一番問題になるのがこの期間制限です。これを熟慮期間といいますが、3か月というのは決して余裕のある期間ではありません。

そのため、3か月以内には遺産調査を終えられない等の事情があるときは、上記と同じ家庭裁判所に「期間の伸長」を求め得ることになっています。

 

困るのは、多額の負債の存在が永く分からなかった、という場合です。「熟慮」は多くの場合、多額の債務を引き受けるかどうかについて行われますから、多間の伸長」の手続きも採りません。そのため、多額の債務の存在が判明し、限定承認や相続放棄をしたいと思ったときには、既に「熟慮期間」が過ぎていた、ということも生じ得るわけです。被相続人と疎遠で、遺産のこと自体が何も分からなかったという場合には、上記の熟慮期間は、遺産の全部または一部を認識し、または認識し得たときから進行するという最高裁判例があります。そこで、遺産の一部は分かっていたが、多額の負債があることは分からなかった場合はどうなるのか、という問題が生じ、このような場合、各事案の個別具体的な事情を考慮して、「相続の開始があったことを知ったとき」というのは多額の負債が判明したときだと判断した高等裁判所の判例もあれば、そのようには判断しなかった高等裁判所の判例もあるというのが現状です。つまり、具体的に生じた相続について、裁判所がどのように判断するかは、厳密には「やってみなければ分からない」というのが現状です。しかし躊躇しておればその間も時は経過し、三か月間躊躇しておれば、もう打つ手はなくなります。従って、死亡後3か月月経過後に多額の借金が判明した場合でも、早期に弁護士等の専門家に相談して、可能性が少しでもある場合であれば、相続放棄等の手続きを試みるべきです。

 

もっとも、これらの多くは、相続人も知らない「多額の隠れ借金」があるから生じてしまう問題なので、「どこからどの程度の借金をしているか。誰の保証人になっているか。」等、自分の負債の情報については、相続人に事前に開示しておくか、少なくとも自分の死後、相続人にすぐに分かるような手だてを講じておくことが重要です。特に「保証」に関しては、主たる債務者(実際にお金を借りた人)が支払っている限り保証人(の相続人)には請求が来ないという性質をもっていますので、被相続人が誰かの保証人になっていたという事実が隠されていますと、相続人にはなかなか判明しません。「保証人」が必要になる場合は、借入れ金額も多額なことが多いので、特に注意が必要です。実際、判例上問題になるのも保証債務の存在が後日判明した場合が多いようで、相続開始後5年経っていた例や、金額が7500万円に及ぶ例もあります。

 

次に、第一順位の相続人全員が相続を放棄すると、第二順位の相続人が当然に相続人になります。つまり、第一順位の相続人は、自分たちが相続放棄をすればそれで終わるわけではないことを理解して頂きたいのです。自分は放棄したからもう関係ない、というのではなく、次順位の相続人の人にも事情説明をしておくくらいの配慮は必要といえます。

top