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相続

平成27年1月29日

11.相続分の放棄・譲渡

今回は、「相続分の放棄」のお話です。前回の「相続放棄」との違いや注意点をお話しします。併せて「相続分の譲渡」についても触れておきます。

まず、「相続放棄」はその相続について相続人ではなくなるという制度です。これに対し「相続分」は、例えば「妻の法定相続分は2分の1」というように、相続人が相続により取得した権利義務の割合ですから、「『相続分』の放棄(譲渡)」とは、この権利義務の割合を放棄、譲渡するということを意味します。

 

「意味の違いは分かったが、いずれにしても放棄(譲渡)してしまえば同じことではないのか?」と思われるかも知れません。

 

確かに、遺産がプラスの財産しかない場合は、同じようなものです。問題が生じ得るのは、お亡くなりになった方に債務があった場合です。例えば借金が遺されていた場合も、「相続放棄」をすると相続人ではなくなるので、何も返済しなくても良いわけです。しかし、敢えて相続放棄をせずに、借金を返済しなければならない地位を承継している相続人の場合、一方的に「放棄(譲渡)します」と言うだけで借金を免れることができるでしょうか。少なくとも債権者は納得しないでしょう。法律的な説明は省きますが、常識で考えてもそれは無理だということはお分かり頂けると思います。

つまり、「相続分の放棄」では、債権者との関係で借金を免れ得ない(借金は勝手に放棄できない)という点が「相続放棄」との大きな違いです。

もっとも、相続人の間で遺産分割協議を行う場合、相続分を放棄(譲渡)した人に借金だけを背負わせるようなことはしませんので、他の相続人の誰かがその借金を支払うように決めることになります。他人の借金を支払っていくという合意は可能ですので、そういう遺産分割協議も勿論できます。

 

「他に借金を支払っていく人を決めるのなら、やっぱり相続分を放棄(譲渡)した人は借金を支払わなくても良くなるんじゃないのか?」と思われるかもしれません。

 

しかし、「他に借金を支払っていく人を決める」というのはあくまで相続人間の決めごとに過ぎませんから、それだけでは債権者との関係を変更できません。ちょっとややこしい話だと思いますので、具体例で考えてみましょう。

 

例えば債権者の甲さんが債務者の乙さんに対し、毎月9万円の支払いを10年間請求できる権利を持っていたとします。乙さんが亡くなり、相続人はA、B、Cさんの三人、相続分は均等で、誰も相続放棄をしなかったとしますと、A、B、Cさんは、当然に、それぞれ、甲さんに対し毎月3万円を10年間支払わねばならなくなります。これが相続人と債権者間に生じる法律関係です。

ところで、A、B、Cさんが遺産分割協議をして、Bさんは相続分を放棄(あるいはAさんに譲渡)し、借金はAさんが全部支払うが、資産はほとんどをAさん、Cさんも若干相続することにしたとします。これは、あくまで相続人の間での取決めですので、相続人(Aさん)はこれを守らなければなりませんが、債権者である甲さんには関係がありません。つまり、甲さんが、BさんやCさんに対して毎月3万円を請求する権利を失うわけではないのです。

ただ、そうは言っても、Aさんが上記の相続人の間での取決めに従って、甲さんに毎月9万円を支払い始めた場合、甲さんがこれに文句を言う理由もありません。甲さんとすれば誰が支払ってくれても良いからです。また、毎月9万円が支払われれば、甲さんの債権はすべて満足しますので、別途BさんやCさんに3万円を請求することもできません。従って、このままAさんが支払い続け、満額の支払いを終えた場合は何も問題は生じません。

しかし仮にAさんが、「お金がないので3万円しか支払えなくなった」と言って甲さんに3万円しか支払わなくなったとします。これは相続人の間の取決めには反していますが、甲さんは、法律上、Aさんに毎月3万円しか請求できませんので、今までAさんから毎月9万円受け取っていたとしても、残りの6万円を法律上の権利としてAさんに請求することはできません。この場合、甲さんは、BさんやCさんに対し、「毎月3万円支払ってください。」と請求するしかなくなります。前記のように甲さんにはその権利があるので、BさんやCさんはそれを拒めません。相続分を放棄したBさんが「債務を免れ得ない」というのはこのことです。

勿論、BさんやCさんは、相続人の間の取り決めに従って、Aさんに対し、「私たちの分も支払っておいてくれ」という請求はできるでしょう。しかし、Aさんがそれを支払えなくなったためにこの問題が生じてしまったわけですから、実際問題としては、(後日Aさんから返して貰えるかどうかは別にして)B、Cさん各自が、とにかく毎月3万円を甲さんに支払うしかないわけです。

この問題は、お亡くなりになった方が借金をしていた場合、遺産分割協議の内容如何によっては常に生じ得るわけですが、相続分の放棄や譲渡をした人は、資産を一切取得しませんので、負担だけが生じることになります。上記の例の場合、月3万円の支払が何年も続いたり、あるいは滞ってしまって一括で支払えということになってしまったら、到底支払えないという場合も生じかねません。

 

その意味で、借金が遺された状況で相続分の放棄や譲渡をする場合は、上記のような事態が発生し得ることに、特に注意するとともに、その対応策を考えておくことが必要なのです。

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