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相続

平成27年3月31日

13.「相続させる」と「遺贈する」

今回は、甲さんが自分の死後、例えば不動産Aを乙さんに遺してやりたいとき、遺言書に「不動産Aを乙に相続させる。」と書いた場合と、「不動産Aを乙に遺贈する。」と書いた場合とで違いは生じるのか、という問題です。

乙さんが相続人ではない場合、遺言書に「相続させる」と書く人はいないでしょうが、乙さんが相続人の場合にはどちらの表現も使えます。いずれの書き方でも、甲さんの死亡後に不動産Aは乙さんのものになりますので、表現などどちらでも良いと思われるかも知れませんが、用いられる言葉が違うと、法律的な効果にいくつかの差が生じます。

自筆証書遺言の場合は、遺言をする人自身が表現も決めなければなりませんから、これらの表現の差によって生じる「効果の違い」だけは知っておいていただきたいと思います。

この問題を正確に理解して頂くためには、本来は「遺贈とは何か」と言った用語の意味の説明から始めなければならないのですが、法律家以外の人には退屈な話だと思います。そのため、ここでは、大雑把に、「相続させる」の場合は相続として処理され、「遺贈する」の場合は、遺贈という、贈与のような個別の法律行為が行われた場合の処理になるので取扱いが異なるのだという程度のイメージをお持ちいただければと思います。以下では原則として冒頭の例を用い、「こういう差が生じます」ということだけを申し上げることにします。

 

昔、一番の問題とされたのが登録免許税の税率の差でした。登記原因が「相続」の場合は評価額の0.4%ですが、登記原因が「遺贈」の場合は2%です。同じような意味だろうと思って「遺贈する」と書いてしまった場合にも5倍の税が賦課されるのですから、これは大問題であったわけですが、平成18年4月1日から、「相続人への遺贈」に関しては0.4%で良いということになりましたので、この問題は解消しています。解消はしましたが、税務署が運用を変更するまでには相当の時間がかかったわけで、そのこと自体、遺言書に用いる言葉にはよほど注意しなければならないことを示しています。それは、遺言書の効力が問題になる時点では、既に遺言者は死亡しておりますのでその真意を聞けず、遺言書に記された言葉(表現)のみによりその法的意味を確定しなければならないからです。

次は「登記の方法」です。「相続させる」という遺言なら、遺言書さえあれば、乙さん単独で登記手続きができます。しかし「遺贈する」という遺言の場合は、(遺言執行者がいる場合は別として)遺言書があっても、他の相続人全員のハンコが要ります。遠方に多数の相続人がいる場合や、相続人間で揉めている場合などは、かなり面倒なことになることもあります。

また、不動産の登記は対抗要件と考えられており、登記を経ないと所有権を第三者には対抗できないのが原則です。「遺贈する」という遺言の場合はこの原則がそのまま適用されますが、「相続させる」という遺言の場合は、登記がなくても第三者に対抗できます。滅多にあることでもありませんが、乙さんの知らないうちに不動産Aが他の相続人によって第三者に売却されてしまったような場合には大きな差が生じます。

次は、不動産Aが農地の場合です。「相続させる」という遺言なら農地法上の問題は生じませんが、「遺贈する」という遺言なら農地法の関係が生じ、知事の許可が必要になります。農地を相続以外の方法で取得することは面倒なので、これも大きな差になります。

不動産Aから離れますが、遺産が借地権や借家権であった場合、「相続させる」という遺言なら、それらを引き継ぐのに地主さんや家主さんの承諾は要りませんが、「遺贈する」という遺言なら承諾が必要になります。現実の問題としては、ご主人が亡くなって、相続人である奥さんやお子さんがそのままお住いの場合であれば、問題になることはあまりないとは思いますが、法律上はそうなっているのですから無視はできません。「承諾料」を請求されるようなことがあると面倒です。

最後に、特殊な例ですが、乙さんが不動産Aなど欲しくないと思った場合の処理も異なってきます。例えば遺言書に、不動産A、B、Cを乙に「遺贈する」と書いてあるなら、乙さんは不動産Aについてのみ放棄し、不動産B、Cについては貰っておくことが可能です。

しかし不動産A、B、Cを「相続させる」と書いてあるなら、放棄するには相続放棄が必要になります。相続放棄をすると相続はできませんので、不動産B、Cだけは貰っておくというわけには行かなくなります。

 

以上、いくつかの差をご説明いたしましたが、概ね、相続人に何かを遺したいときは、「相続させる」と表現しておく方が良いということになります。上記7についても、貰う方の乙さんにとっては「遺贈」と書いてくれた方が良い場合もあるというだけのことですから、そういうことを考慮しなければならない特別な事情がない限り、遺言書を書く側の人とすれば、ある財産を相続人に遺してやりたい場合は「相続させる」、相続人でない人に遺してやりたい場合は「遺贈する」と表現すると憶えておかれれば良いかと思います。

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