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相続

平成27年4月30日

14.不明金の問題

遺産分割調停に携わっておりますと、よく「不明金」の問題が登場します。例えば、お亡くなりになられたお父さんの預貯金から、亡くなる直前や直後に多額のお金が引き出されていたような場合で、引き出した人や使途がはっきりしないと不明金になってしまいます。「長男が亡父の預貯金を勝手に引き出して取り込んでいる」といった前提で、そういった不明金の処理も含めて遺産分割調停が申し立てられることもあるのですが、このような場合に遺産分割調停や審判はどうなるのかが今回のテーマです。

結論から申し上げれば、遺産分割調停や審判では、上記のような不明金は原則として取り扱わないことになっています。短期間で話し合い解決ができそうなら、調停での解決を試みないわけではありませんが、それが困難に思える場合は、早々に「この問題は調停では扱えない。」旨を説明します。

遺産分割調停では原則として不明金の問題を取り扱えない理由は、次のとおりです。

 

まず、不明金というのは、その存在や形態(現金で残っているのか、何かに使われたのかなど)が分からないから「不明金」なのであり、そもそも遺産分割の対象とすべきものであるのかどうかが確定していません。それが確定しない以上、分割のしようがありません。

勿論、上記のように、「長男が亡父の預貯金を勝手に引き出して取り込んでいる」という主張がなされるときは、そのように考えてもおかしくはないと思われる程度の資料がある場合も多くあります。つまり調停を申し立てる人の気持ちの上では「確定して」おり、それを長男さんが認めないから、白黒をつけて分割したいと調停を申し立てておられるわけです。

しかし、長男さんが認めない以上、その意思を無視して「長男さんが取り込んでいる」という認定を行うことは調停委員の権限を越えています。また、調停委員は、申立人の提出された資料(証拠)に基づいて、長男さんに説明を求め、長男さん側の言い分を証明できるような資料があるなら提出して頂きたいと求めることまではしますが、それはあくまで、可能であれば合意形成を行うためです。長男さんに「自白を迫る」ような行動はとれません。

もっとも、長男さんの説明や、提出した資料で申立人さんが納得される場合も例外的にはあります。不明金について「原則としては」取り扱わないというのはその意味です。

 

ところで、多くの場合、「不明金」が発生するのは、被相続人に代わって被相続人の金銭や預貯金を管理している人(ほとんどの場合、同居している相続人)の管理方法が「どんぶり勘定」になっている場合です。本当に取り込んでしまう(横領してしまう)人もいるでしょうが、そういう例はむしろ少ないと思います。

私の経験上は、例えば長男夫婦が父(あるいは父母)と同居して父親(あるいは父母)の面倒を見ながら父親(あるいは父母)の金銭や預貯金等を管理していた場合などに、「不明金」問題が発生する場合が多いようです。将来遺産となるべき父親の金銭や預貯金と、長男夫婦の財産が、まさにどんぶり勘定になってしまっていることが多く、その関係が他の相続人からは見えないからです。お父さんの生前にはほとんど問題にもなりませんが、お父さんの死期が近付いてきますと、長男さん夫婦には「これまでお父さんのために使ってきたお金(立替金等)についてはそろそろ清算しておかないとややこしくなる。」という意識や、「お父さんが亡くなって預金が封鎖されてしまうと引き出せなくなるから、病院の清算費用や葬儀代くらいは事前に引き出しておかねばならない。」といった意識が働いて、お父さんの死亡の直前や直後にまとまったお金を引き出しておくという事態が良く発生するのです。お父さんが事業者で、長男さんが後を継がれた場合などは、お父さん死亡後もそのままお父さんの口座を使用していたという例もあります。引き出された金額についてすべて説明がつけば良いのですが、もともと「どんぶり勘定」であったためにその都度引き出す金額も、使途もアバウトです。後日それが問題になって説明を求められても、説明がつくのは領収書の揃う分だけであり、かなりの部分の説明がつかず、弟さんや妹さんから「取り込んだのではないか」と言われてしまうことにもなってしまうわけです。

このようにして不明金が発生してしまいますと、上記のように、遺産分割調停では原則として解決できないので一般的な民事訴訟の対象にならざるを得なくなり、兄弟姉妹間が余計に拗れることになります。これを避けるには、やはり「どんぶり勘定」をやめなければなりません。本来お父さんの支払うべきものを立替える際には、最低限、日時、金額、内容をノートに記載し、領収書を揃えておかねばなりません。お父さんの口座からお金を引き出す場合も同様です。不幸にも民事訴訟になってしまった場合にも、どんぶり勘定をしていた側は不利です。訴訟では何よりも「証拠が重要」だからです。

このように、不明金を発生させないようにするには「親子であっても会計は別」の原則を貫くべきであり、それができないのなら、冷たいようですが、少なくとも上記の「立替金等に関する清算」は諦めるべきです。

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