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相続

平成27年9月1日

18.遺産分割と利益相反

遺産分割は、決まった分量の遺産を分ける行為ですから、誰かの取り分が増えれば必ず誰かの取り分が減るという関係にあります。

従って、相続人の誰かが勝手に遺産分割を行うと、自分の取り分を多く、他の人の取り分を少なくするのではないかという疑念を生じさせてしまいます。良心的な人もいますので、常にそうなるわけではありませんが、結論を見てから判断するのは煩瑣ですので、そもそも客観的に見て、「自分に有利、相手に不利」なことをするのではないかと疑われるようなことをしてはいけないことになっています。これを利益相反行為と言います。

この利害相反の関係は、遺産分割の場合、どういう場面で生じるかと言いますと、①夫が死亡して、妻と幼子のみが相続人である場合、②離婚した妻が親権者として幼子二人を育てていたが、その状態で元の夫が死亡し、幼子二人が相続人である場合、などに生じます。幼児自身には遺産分割ができません。幼児の親権者は親ですが、上記の①の例では妻(母親)、②の例では元妻(母親)が親権者です。普通は親権者が未成年者の法定代理人ですから、親権者が幼児を代理して物事を決めるのが原則だということになります。

ところが、①の例では親権者である妻自身が相続人です。②の例では、元妻は相続人ではありませんが、幼児二人が相続人なので、元妻が幼児二人を代理してしまうと、幼児の一人に有利、他の一人に不利になるような遺産分割を元妻が決めてしまうことになりかねません。つまり、いずれの場合も「母親(親権者)が子供を代理すること」自体に問題がある利益相反関係の事例になります。利益相反行為が行なわれた場合、原則としてその行為は無効になります。

そして、利益相反の関係にあるか否かは、現実にその幼児に不利な遺産分割協議が行なわれたかどうかではなく、その行為の客観的性質によって決まります。極端な例を挙げますと、①で、妻が、ほぼ唯一の遺産である自宅土地建物を幼子が相続することにしようとする場合は、決してその幼子に不利な遺産分割ではありません。しかしそういう遺産分割協議書を作成しても、登記官は受け付けてくれないのです。要するに、客観的に利益相反関係にある以上、そのままでは遺産分割協議はできません。

では、上記①や②の場合、どのようにして遺産分割協議をするのかといいますと、子供のために、裁判所に申し立てて「特別代理人」を選任して貰うという方法によることになります。②の例では、元妻(母親)は、二人の子供のうちいずれか一人の代理人になることはできますので、残る一人の幼児のために特別代理人を選任することになります。

手続きが面倒だということで、他に相続人がいない場合は放置される例も多いようですが、幼子が成人して「あの時の遺産分割だけれども」と言い出した場合は問題が生じます。その時その時にやるべきことはやっておいた方が良いと思われます。

なお、上記②に似たような問題として、遺産分割協議に際して、「複数の相続人が単一の代理人に依頼する」場合があります。例えば、長男さんとそれ以外の3名の相続人が遺産相続で争っている場合、長男さんと対立している3人の相続人が同じ弁護士に依頼しようとするということは良くあります。この3人も相続人ですから、客観的には利害関係がそれぞれ異なっており、一人の弁護士(代理人)が3名を代理することは、原則としてできません(「双方代理」と言います)。上記②の事例と異なるのは依頼する相続人が幼子ではなく成人であり、自分の判断で依頼しているという点です。「双方代理」が禁止されているのは、あくまで本人の利益のためですから、本人が、それでも良いと言っていることについてまでこれを禁じる必要はありません。そのため、上記の例では、3人の相続人に双方代理が禁止されている理由を説明して、それでも依頼したいという場合には、複数の相続人を一人の弁護士(代理人)が代理することも認められています(実際の遺産分割調停では、念のため裁判所からも、双方代理を承諾する旨の書面を相続人本人から提出して貰っています。)。

しかし、弁護士の立場で言わせて頂ければ、出来れば3名の代理はしたくありません。何故かというと、上記の例で、長男さんと対抗している関係で共同歩調を取っている間は、確かに3名の利害は共通しているように見えますが、最後まで共同歩調を取れるとは限らないからです。例えば調停が長引いてきますと、性格により、「適当なところで妥協しても良いから早期に終えたい」と考える人と、「長期化するとしても安易な妥協はしたくない」という人に分かれてくるのはご理解頂けると思います。いずれが正しいかという問題でもありませんから、共同歩調がとれなくなれば、弁護士としては辞任せざるを得なくなります。そういうこともあり得るので、出来れば複数の代理はしたくないのです。

可能であれば、3名のうちの例えばAさんだけを代理し、他の2名(Bさん、Cさん)には本人として調停に参加して頂くのが望ましいと思います。共同歩調がとれる間は打ち合わせの上で代理人がまとめて発言したり主張書面を作成し、Bさん、Cさんはそれに賛同して下されば良いのであり、万一意見が分かれてくるのであれば、各人の思うところをそれぞれ主張して頂ければ良いわけです。

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