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相続

平成27年9月30日

19.法定相続分と一致しない遺産分割

あなたはこの表題をご覧になって、「そんなことできるの?」と思われたでしょうか、「できないの?」と思われたでしょうか。

法定相続分の割合は、主として被相続人の意思を推測したものであり、それ故、法定相続分に従って遺産を分割することが法の要求するところであると言われています。つまり、法の趣旨としては、法定相続分に従って遺産を分割することが望ましいということになります。それ故、家庭裁判所により遺産分割の「審判」が行われる場合には、「家庭裁判所がその裁量によって相続分を増減することはできない」とされています(最高裁昭和36年9月2日判例)。つまり、家庭裁判所が諸般の事情を考慮して、法定相続分に一致しない遺産分割の審判を行うということはできないのです。

他方、遺産分割協議において、相続人全員の合意で法定相続分に一致しない遺産分割を行うことは可能です。相続人全員の合意により成立する遺産分割調停でも同じです、ただ、遺産分割調停に持ち込まれる事案は、任意の遺産分割協議ができなかったか、出来る状況ではなかったという例が殆どなので、調停になった段階では、法定相続分以外の分割割合は、事実上、ほぼ考え難くなっています。

もっとも、遺産分割をする場合の割合は法定相続分として定まっているとしても、各相続人が自分の相続分をどう処分するかは個人の自由のはずです(例:民法第905条は、「相続分の譲渡」が可能であることを前提としています。)。

例えば、相続人が、A、B、C、D、Eの5名おり、法定相続分は各5分の1とします。AはBに自己の相続分を譲渡し、Cはその相続分を放棄しました。しかしB、D、Eの取得する遺産が合意としては纏まらなかった場合、遺産分割の「審判」はどのようになされるべきでしょうか。

この点、裁判官は、裁量で法定相続分を変更することはできないけれども、相続人がその自由意思で相続分を譲渡、放棄している場合は、その意思を確認し、真意であればその意思に従った遺産分割をすべきであり、その意思確認をしなかった審判は違法であるという高裁決定があります(高松高裁昭和63年5月17日)。

ただ、このように相続分の全部譲渡、全部放棄の場合はその相続人の意思を尊重せよというのであれば、相続分の一部譲渡、一部放棄の場合は尊重しなくても良いのか、という問題が生じてきます。

例えば相続人がA、B、C、Dの4名で相続分は各4分の1とします。Aが長男で、自宅土地建物の相続を希望しました。B、C、Dも実家を長男が継いでくれることを希望していることから、異議がありませんでした。ただ、自宅土地建物の価値は遺産の半分を占めます。つまりAは遺産の2分の1を相続することを希望していることになり、本来ならAからB、C、Dに、それぞれ遺産総額の12分の1相当額の代償金を支払う必要があります。しかしAにはその資力がなく、B、C、Dも代償金は要らないと考えています。この関係は、B、C、Dが各々各々12分の1の相続分をAに譲渡した事案であると考えられなくもありません(もっとも、相続分の一部譲渡が可能であるか否かについては争いがあり、この点について判断した判例は、私の調査した範囲では見当たりませんでした。)。いずれにしても、それで全体の遺産分割協議が纏まれば、特に問題は生じません。

ところが残り半分の遺産をB、C、Dで分ける分け方が決まらないことから、全体としての遺産分割協議がまとまらなかったとします。

この場合、裁判所はどういう審判をすべきでしょうか。

まず、相続人の真意を確認したうえで「遺産分割調停」に付して自宅土地建物に関する「一部分割」の調停成立を先行させるという方法が考えられます。「一部分割」というのは、遺産の一部についてのみの遺産分割を言います(この「一部分割」の協議が可能であるということは前提にしても良いと思います。)。この手続きを踏めば、「法定相続分と一致しない割合での遺産分割(一部分割)」は、あくまで相続人全員の合意で行われたことになり、裁判官としてはその分割に関与していませんから、疑義は避けられます。また、Aさんに残余の遺産に関する相続分を放棄しておいて貰えば、上記の判例からしても裁判官はそれを尊重すべきことになります。

私としては、そんな迂遠なことをしなくても、相続人の真意が確認できるなら、Aに自宅土地建物を相続させる審判も可能ではないかと思っています。思ってはいますが、審判官は、相続分の一部譲渡を認めないかもしれませんし、一部譲渡の例ではないと判断するかもしれません。調停にも付さず、単純にA~Dに各4分の1となる分割をしてしまう可能性はあります。そうなってから四の五の言っても始まりません。従って、仮に私が相続人(特にAさん)の代理人になった場合には、一部分割を先行させることを試みると思います。

「合意」が問題になる場合はほとんどそうなのですが、合意ができるのであれば、大半の場合はその合意が尊重されます。しかし合意ができない場合は「法の規定」がどうなっているかで決まります。従って、合意を目指す場合にも、「合意が出来なかった場合にどうなるか」を考慮して事に臨むことが重要です。

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