トップページ  >  連載  >  相続25

相続

平成28年4月13日

25.遺産評価の基準時

遺産の中には、評価しないとその価値が分からないものも多くあります。上場株式や金、プラチナのように日々その評価額が変動するものもありますし、不動産も年月が経てばその経済的な価値評価に変動が生じます。そこで、遺産分割に際しては、一体いつの時点での評価を遺産分割の基準にすべきなのか、が問題になります。

相続開始時から遺産分割が実現するまでの間、どの時点の評価額も算出は可能ですが、実際に検討されているのは、「遺産分割は、相続開始の時に確定している遺産を分ける手続きだから、相続開始時が基準だ」という考え方と、「実際に遺産を取得するときに、幾らのものを相続するかが決まるのだから、遺産分割(審判)時が基準だ」という二つの考え方です。

この点、相続税法では「相続…により取得した財産の価額は、当該財産取得の時における時価」によると定められています(22条)。「財産取得の時」ですから「遺産分割の時」と理解できなくもない言葉ですが、遺産分割が未了でも相続税は課され、一定期間内に納税しなければなりませんので「遺産分割時基準説」では対応できません。遺産分割時を基準にすると、遺産分割未了の間は、課税額が定まらなくなるからです。また、課税の公平の観点から画一的時点を定めておく必要もあります。遺産分割時基準説を採用しますと、同じ時期に相続が開始した場合でも、不動産価格が下がってから(あるいは上がってしまってから)遺産分割をした人たちと、直ちに遺産分割をした人たちとの間で不公平が生じてしまいます。民法909条は、遺産分割は相続開始時に遡ってその効力を生じる旨が定められていますので、相続開始時に遡って遺産を取得したと理解することもできます。そのため、相続税法では、「相続開始時基準説」を採用しています。

しかし、相続税課税の観点からはそう考えざるを得ないにしても、実際問題として、遺産分割協議に長期間を要するなどした場合、相続開始時には、例えば不動産も上場株式も金塊も、各1000万円という同等の価値評価であったものが、時の経過により不動産は1300万円に値上がりしており、株は800万円に値下がり、金は1200万円に値上がりしていた、というような事態が生じることは良くあります。この例では、最大で500万円もの差がついてしまっているわけで、それでも同じ1000万円の価値のものとして分割すべきだという考えは相続人間の公平にも反し、相続人の納得も得られません(第一、「どれでも1000万円」と言われたら、誰でも不動産を望み、株式を望む人はいないでしょうから、くじ引きで選ぶ合意でもできない限り、分割の合意自体が困難になります。)。

そのため、個々の遺産分割に際しての遺産評価基準時は遺産分割時であると考えられています。裁判所も、多くは遺産分割時説を用いています。

ただ、理念的には「遺産分割時説」が妥当であるとしても、「では遺産分割時(審判時)の評価額はどのようにして決めるのか」という問題が生じます。

遺産分割調停や審判が成立する、まさにその時に必ず遺産評価をし直さなければならないということを意味するなら、およそ非現実的です。また、評価は協議(調停、審判)の前提ですから、前提事項の確定時点を協議成立(審判)の時点で定めなければならないとすることは、原理的に背理であるとさえ言えます。要するに、「遺産分割時の評価額」を基礎にすることが理念としては妥当であるということと、それをどのような手続きで認定するかということは別だということになります。

従って、遺産分割時説の実際上の問題は、どのようにしてその時点の価額を認定するか、ということにつきてきます。

例えば、相続人全員が、「評価をやり直せば評価額に若干の変動はあるかもしれないが、手間や費用を掛けてまで再評価をするほどのことでもない」と考えるのであれば、要するにそれは相続人全員がその評価額を遺産分割時の評価額として用いても良いと考えていることを意味しますから、従前の評価額を遺産分割時の評価額でもあると認定しても良いはずです。当事者が争わないのに、評価額に変動があるかもしれないからということでわざわざ評価をやり直さなければならないと考える必要はなく、その、争わない評価額をもって遺産分割時の評価額でもあると認定して審判を行っても良い、ということになります。

もっとも、上記は相続人全員が合意している場合に言えることであり、相続開始時基準説には立たないわけですから、相続人は、時間の経過による評価価値の変動を主張できます。従って、時の経過による評価価値の変動を主張できること自体を知らなかったという相続人がおられる場合にこれを無視して手続きを進めることは問題でしょう。そのため家事調停委員は必ず「土地(株式、金など)の評価は遺産目録記載のとおりで良いですか。別の評価を主張される予定はありませんか。」と確認するようにしています。

ただ、再評価を行った場合にも、以後、時の経過を理由とする再々評価の申し出がないのであれば、同様の理由で、その再評価を「分割時の評価」でもあると考えて差し支えはないということになります。

従って、理論上は分割時評価説が妥当であると考えられるとしても、現実問題としては、その理論に従って、遺産分割時あるいは審判時に必ず再評価を行うというものではなく、その評価を用いても相続人間で時点に関する異議が生じない評価をもって「分割時の評価として認定する」という取扱いをすることになります。

top