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相続

平成28年6月21日

27.相続法制とその国の慣習

妙な表題を掲げてしまいましたが、親族、相続関係の法律は、家族の在り方に関する各国の伝統や慣習を反映します。そのため、ある国の慣習の元では問題もなく採用されている考え方が、日本では採用し難くなり、立法に際して苦心する場合が生じてきます。具体的にはどういうことかについて、配偶者の法定相続分の決定を例に、以下、ご説明致します。

配偶者の法定相続分が、(子供がいる場合)2分の1であることはご存じと思います。今回、これを婚姻期間が20年~30年程度に達した配偶者については3分の2に引き上げることができるようにすべきだという案が検討されていますが、実はこの「配偶者の法定相続分をどのように決定するか」は結構難問なのです。

何故難問なのかは、「離婚に伴う財産分与」と比較してみるとお分かり頂けると思います。夫婦と二人の子がいる家族で、夫が死亡した例で考えます。

①  結婚後30年を経過した夫婦が離婚する場合、名義如何を問わず、「夫婦で形成した資産」は財産分与の対象になり、例えばすべてが夫名義で形成されていたとしても、特段の事情がない限り、妻はその2分の1の分与を受けます。

② 次に、結婚後30年を経過した夫婦で夫が死亡した場合、上記の家族構成では、妻は夫名義の資産(遺産)の2分の1を法定相続分として相続します。

この結論ですが、「夫婦で形成した資産」について、もともと妻に半分の権利があるのであれば、結局妻は、相続においては何も取得しないのか?、という疑問が生じませんか。

もっとも、離婚に伴う財産分与の対象が「夫婦で形成した資産」に限定され、夫固有の資産を除くのに対し、相続の場合は夫固有の資産も含みます。ですから「対象となる財産の範囲が違う」といえばそうですが、少なくとも、「当然に分与されるべき妻の貢献に対する取得分を夫の遺産に入れるのがおかしいので、まずこれを控除し、残額を夫の遺産とすべきだ」という考え方は十分成り立つと思います。現にアメリカでは、そういう手続きを採る州もあるそうです。

ではなぜ日本ではそういう手続きにすべきだという主張が広がらないのかというと、大きな理由が「日本には『夫婦財産契約』の慣習がない」ということなのです。アメリカでは結婚に際して普通に「夫婦財産契約」が結ばれます。離婚する場合の財産分与の内容さえも、上記の契約で決めておくのだそうです。こういう慣習のある社会では、「控除すべき妻としての取得分」は簡単に決められます。しかし日本にはそのような慣習はありません。「夫婦財産契約」が広まる、広まらないは、「国民性の差」ともいうべき要素もあるのだろうと思います。それだけに、「どちらが正しい」と単純に決められるものではありません。しかし、夫婦財産契約がないことを前提として、「夫婦で形成した資産」を決定できるかというと、これは極めて困難です。「夫婦で形成した資産」は、「相続時に存在する資産」-「夫固有の資産」で求められますが、この「夫固有の資産」の正確な判定が極めて困難なのです。「離婚に伴う財産分与の際にも同じ計算をするはずなのに、相続時には何故困難なのか」という疑問も生じるでしょうが、離婚時とは異なり、相続時には夫が死亡しています。当事者は妻と他の相続人ですが、他の相続人は夫固有の資産のことなど何も知らないのが普通です。これは決定的な差になります。

このような状況で上記のような処理をしようとしても、紛争が生じるだけです。そうすると、考えかたとしては「妻の貢献分をまず計算して相続財産から控除し、残った財産を相続の対象とする」という考え方に理があるとしても、それによって紛争が生じること、正確な算定は困難であることなどを考慮すると、全てを法定相続分の調整で処理する方が妥当だという考え方も出てきます。従前から、日本では概ねこういう考え方をしてきたのです。

しかし他方、「法定相続分」ですと、個別的な事情の考慮はできず、基本的にはあらゆる配偶者に一律に適用されます。そうすると、結婚したばかりの妻も、数十年連れ添った妻も同じ法定相続分ではおかしいという批判も生じてきます。一般的に夫名義の財産に対する「妻の貢献分」は、結婚した時点ではゼロですが、徐々に増加していくはずだからです。

そこで、今回、妻の法定相続分は決めておくが、婚姻期間が相当程度(20年から30年)経った時点で妻の相続分を引き上げることができるようにすればいいのではないか、ということで、その点が議論の対象になっています。当然に引き上げるべきだという意見もありますが、これに対しては、永らく家庭内別居を続けているような場合に「当然引き上げ」はおかしいので、引き上げるか否かを選択できるようにすべきだという意見があったり、選択を認めるのであれば、遺言書で妻の相続する財産を決められるのだから、何もそこまで法律で決める必要はないという意見もあったりします。妻の貢献を「法定相続分」という形で処理することは致し方ないとしても、本来個別事情のあるものを一律に「法定相続分」で処理することに限界があることも否めません。もうすぐ発表される中間試案でどのようにまとまるのか、結論を待つしかありませんが、十分に議論を尽くして頂きたいと思います。

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