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相続

平成28年7月30日

28.預金債権の遺産分割

今回は、少し理論的になりますが、「銀行預金等の可分債権は、遺産分割の対象になるか」、という問題を取り上げます。この問題は、この連載の第12回でも取り上げており、その際、「可分債権は相続により、当然に各相続人がその法定相続分に従って分割取得し、遺産分割の対象とはならない」という判例理論をご紹介いたしました。遺産分割は遺産共有状態を解消する手段ですから、当然に分割されてしまう可分債権については遺産共有が生じないので遺産分割の対象にならない、という理屈です。後述のようにこの理屈の適用の結果については問題点もあったのですが、単純明快で理論的難点が少ないこともあり、昭和29年にこの理論が採用されて以来、維持されてきました。また、一般の銀行預金について最高裁は、平成16年に、可分債権であると判断しています。

ところが今般、遺産に多額の銀行預金があり、特別受益を得ている相続人がいると争われていた事案で、最高裁大法廷が、本年10月13日に口頭弁論を開くことを決定しました。これまでの例から見て、従来の判例が見直される可能性が極めて高いと思われます。つまり、どのように理論構成するかはまだ分かりませんが、少なくとも上記の事案に関し銀行預金を遺産分割の対象に含める判断をする可能性が高まっています。60年以上続いた判例の考え方を見直すことは実務に対する影響も大きいので、私たち弁護士も、その判決がどうなるかに強い関心を抱いています。

次に、上記の事案を一般化し、従来の判例理論を適用することにどういう問題点があったか、つまり何故これまでの判例が変更されようとしているのかをご説明致します。

仮に、遺産が1億円。相続人がA、B、Cの3名で相続分は均等。Aが特別受益5000万円を得ていたとします。遺産に銀行預金がなければ、遺産1億円と特別受益5000万円の計1億5000万円が「みなし相続財産」となり、これを計算上A、B、Cに均等に配分します。一人当たり5000万円になりますが、Aは既に特別受益5000万円を得ていますので、Aの取得分からはこれを控除し、遺産の1億円についてはB、Cが各5000万円を相続することになります。この結論は、常識的にも公平といえるでしょう。

しかし、遺産1億円の中に、銀行預金が例えば6000万円ありますと、従来の判例理論では、この6000万円の預金につき、A、B、Cがまず各2000万円を取得します。その結果、分割すべき遺産は4000万円になり、これにAの特別受益5000万円を加えて3で割ると、各自3000万円となります。Aは既に特別受益5000万円を得ていますので、分割すべき遺産4000万円からは何も得ませんが、他方B、Cは、遺産4000万円から各2000万円を取得するだけ、ということになります。つまり、Aは、特別受益を加えると計7000万円を取得し、B、Cは計各4000万円しか取得できないという結果になります。

遺産の中には、ほとんどの場合預金が含まれていますので、特別受益や寄与分が問題になる事案では、金額の多寡はあっても、必ずこういう現象が生じてしまいます。特別受益や寄与分の制度は相続人の公平を図るための制度であるのにこのような差が生じてしまうのは、常識的におかしな結論に思えます。これが従来の判例理論の難点の一つです。

更に、理論的というよりも実務的観点ですが、銀行預金は円単位で分けられますから、分割対象にしておけば、相続人間の公平を図るための調整弁としても使えます。これができなくなるのも従来の判例理論の難点といえます。

そのため遺産分割調停の実務においては、相続人全員の同意があれば、銀行預金等も遺産分割の対象にするという扱いをしてきました。しかし調停がうまくいかずに「審判」ということになりますと、従来の判例に従う限り、可分債権は遺産分割の対象から外さざるを得なかったわけです。そのため、審判の選択肢が狭められていたことは否めないと思われます。

従来の判例理論にはこのような難点があったため、それらを抜本的に解消しようと、実は、判例変更の可能性とは別に、現在、法制審議会の民法(相続関係)部会でも、可分債権を遺産分割の対象に含める方向での立法作業が行われています。勿論可分債権を遺産分割の対象にしたとしても、今度はそのことにより生じる問題点も想定されます。そういう問題の調整も含め、立法作業が進んでいます。

この立法作業では、今年の6月21日に「中間試案」が作成される段階にまで至っています。判決が出て、実際に判例が変更されれば、それを前提として手直しが行われる可能性はあります。判例は、変更される場合でも、事案解決に必要な範囲での変更しか行わないのが普通です。裁判所の役割はあくまで事案の解決であり、普遍性をもった法の創造ではないからです。

そうすると、仮に上記の事案について「例外的に」銀行預金を遺産分割の対象にすると判断されたとしても、今度は「どういう場合が例外に当たるか」を巡る紛争が生じます。

つまり、もし銀行預金等は一般的に遺産分割の対象にすることを原則とすべきだという考え方に立つのであれば、この問題はやはり立法により抜本的に解決しておく必要があると思われます。

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