トップページ  >  連載  >  相続29

相続

平成28年8月31日

29.相続法の改正について(1)

前回も若干触れさせていただきましたが、現在、相続関係法令の見直し作業が行われています。そして法務省法制審議会の中間試案(案)が本年6月21日に決定しました。今後「パブリックコメント」という、他からも意見を徴する手続きを経て、法案として纏められ、政府から衆議院に上程されることになると思われます。

そこで、これから数回にわたり、法律が改正される手続きを含め、その内容もご説明をしたいと思います。

まず、一般論になりますが、法律が改正される場合の手続きをご説明します。

法律の制定は、憲法で国会の権限になっています。従って、行政府〈政府〉には法律制定(改正)の権限はありません。しかし、立法府と言いながら、日本では国会議員自身が法律案を提出し制定すること(これを議員立法と言います)はあまりなく、政府が案を提出し、国会はそれを審議、採決するのが圧倒的に多数です。

更に政府案のかなりの部分につき、法務省の法制審議会がそのたたき台を作っています。そして、法制審議会の試案の段階では、案を一本に取りまとめてしまうことまではせずに、甲案、乙案と併記してあるのが普通です。「この問題に関しては、こういう論拠に立つこういう案も考えられるし、別の点を重視した違った案も考えられる」ということを、両論共に示してあるのです。つまり、法制審議会の試案は、あくまで政府提出法案の作成や国会審議のための材料の提出という位置付けになります。勿論、法律の専門家が議論しておりますので、法律論に関する限り、基本的にはそこでの議論が尊重されることも多いですが、国会での立法には政党間の妥協の産物という側面もありますので、政府案の提出段階や衆議院や参議院で折衷案や第三の案が提示され、それで纏まるということもあります。今回も甲案、乙案が併記されておりますので、どうなっていくかはまだ分かりません。今回は法案化を見送るという選択肢もあり得ます。

法制審議会は、各部会に分かれており、例えば今回審議を行った相続関係部会は部会長1名、委員21名、幹事8名、関係官4名で構成されています。関係官というのは法務省の担当者です。ほぼ一月に一回のペースで、今回は12回の審議が行われ、13回目で中間試案(案)が纏まった、ということになります。部会長や委員、幹事は概ね大学教授、裁判官、弁護士、法務省の方ですが、今回の相続関係部会には税理士さんや銀行の法務部の方、主婦連の方なども含まれています。法律家以外にどういう方が含まれるかは、改正される法律の内容により異なります。その法律が実務的に影響を及ぼすと思われる分野の方が選ばれるようです。相続の関係ですと、相続預金の引き出しの問題で銀行の方が、相続税との関係で税理士の方が、配偶者の相続権が問題になっているという意味で主婦連の方がそれぞれ参加しておられるように思います。

今回、法制審議会において相続関係の法律をかなり大幅に見直すべきではないかと考えられた理由は、高齢化社会の到来により、相続人(特に配偶者)の高齢化が顕著になってきている時代背景を前提に、相続の在り方は今まで同様で良いのか、という問題意識が生じてきたからです。つまり、相続というのは、被相続人の一般的な意思として、遺された相続人の、今後の生活を保障したいという希望に沿うという側面があるわけですが、相続人自身が高齢化してきますと、相続人のうちの「子供」は成人して自立している例が多くなり、逆に「配偶者」は高齢化しています。そうすると、同じ今後の生活の保障といっても、相対的に配偶者の要保護性は高まるのに対し、子供の要保護性は低下します。そういう現状に即した相続法制でなければならないのではないか、という問題意識が生じて来ているのです。この「問題意識」自体は、皆様方にも共感して頂けるのではないかと思います。

具体的に審議に付されたテーマは、①配偶者の居住権〈短期、長期〉を保護するための方策(高齢配偶者の、自宅での居住を何らかの形で保護すべきではないか、という問題意識)、②遺産分割に関する見直し(相続による要保護性が高齢配偶者で相対的に高まり、子供たちの要保護性が相対的に低下している状況下で、配偶者の法定相続分はこのままで良いのか、といった問題意識。なお、前回述べた可分債権を遺産分割の対象にするか否かは、直接高齢化社会の問題ではありませんが、ここで議論されました。)、③遺言制度に関する見直し(自筆証書遺言をもう少し利用しやすくしようという問題意識)、④遺留分制度に関する見直し(これも、遺留分が相続人の生活維持のための制度であるなら、相続時には自立している子供が多くなっている現状で、このままで良いのか、という問題意識があります。また、遺留分制度自体が分かりにくい制度ですので、この際理論的な面も含めて審議されました。)、⑤相続人以外のものの貢献を考慮する方策(要介護高齢者が増加している現状で、相続人にしか寄与分を認めない制度のままで良いのか、という問題意識)、の5点でした。

勿論、考慮しなければいけない事柄が多数にのぼるため、すぐに結論の出ない問題もあり、「今後の検討」に委ねられた部分もありますので、全てについて一定の案に達したわけではありません。そこで、次回以降、具体的な中間試案(案)に基づき、どういう議論がなされたかを中心にご説明申し上げていくことに致します。

top