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相続

平成28年9月6日

30.相続法の改正について(2)

今回は、中間試案(案)の第1項目として取り上げられている、「配偶者がこれまで暮らしていた自宅での居住に関する居住権を保護するための方策」についてご説明致します。

例えば夫が死亡した場合、今まで夫婦で暮らしてきた家に住み続けたいと思う妻は多いでしょうし、高齢であるほどその傾向は顕著だと思います。

現行法上は、配偶者だからといって、そういう特別な権利までは認めていません。しかし、高齢化社会の到来により、生存配偶者の高齢化も顕著になる中で、生存配偶者がこれまで自宅で過ごしてきた状態を、一定範囲で「法的に」保護すべきであるという要請が高まってきました。それが今回の法改正の提案理由だと言えるでしょう。

試案では、配偶者に対して保護しようとする居住権を「短期」と「長期」に分けています。

「短期」というのは、基本的には遺産分割中のことをいいます。遺言で最初から自宅を相続する者が配偶者以外と定められている場合は、相続開始後の一定期間(例えば6カ月程度)が考えられています。賃料は不要で、短期居住権を取得するからと言って、配偶者が遺産分割で取得する遺産を減らされることはないとされています。

「長期」というのは、遺産分割(協議・調停・審判)成立後、終身又は相当程度長期の一定期間が考えられています。これには一定の財産的価値が認められ、生存配偶者はその価値を取得するものとして、遺産分割上考慮されるものとされています。

つまり、試案の基本的な枠組みとしては、遺産分割中は生存配偶者に自宅における無償の居住権を保障し、その遺産分割(協議・調停・審判)の中で、引き続き長期の居住権を認めうる方向性を開いていこう、ということになっています。

自宅を相続した、生存配偶者以外の相続人が生存配偶者の長期居住権を認めない場合、裁判所は、「配偶者の生活を維持するために、長期居住権を取得させることが特に必要と認められる場合」に限り、そのような審判を行うことができる、という提案にもなっています。

このままの内容で法律になった場合は、この長期居住権の財産的価値をどのようにして評価するか、また、上記の「特に必要と認められる場合」とはいかなる場合か、といったことが今後の検討課題になると思われます。ただ、「特に必要」という要件は、「そんなに簡単には認めない」と同義のように思えます。

これまで自宅で暮らしてきた生存配偶者に、相続開始後の自宅での居住を「権利」として正面から認めたことは一歩前進だと思われますが、なお問題もあるように思えます。「他の相続人が認めてくれる場合には認めるが、自宅を相続(取得)するものが生存配偶者の長期居住権を認めてくれない場合には極めて厳しい要件下でのみ認められる権利」というのでは、権利としては極めて限定的なものと言わざるを得ないからです。

勿論、生存配偶者が自宅での居住を求めた場合、普通であれば権利性の有無に関わらず他の相続人間でも尊重されることが多いでしょうから、認めて貰えないという状況が発生すること事態がそもそも希であるとも言えます。そして、そういう希な場合にはそれなりの理由があることが多いので、長期居住権を認めるのは例外的だと考えても差し支えないという考え方もあるのかも知れません。

しかし、敢えて私見を言わせて頂ければ、もともと夫婦二人が暮らしている自宅というものは、普通は夫婦で形成してきた夫婦共有資産の典型であることが多いのです。少なくともそういう夫婦に関しては、前記のように、高齢化社会の到来によって生存配偶者の老後の居住環境を確保すべき要請が高まっていること、他方でその他の相続人の典型である「子供」については既に自立して生活していることが多くなっていること(つまり、比較の上では、居住確保の要請が老齢の生存配偶者ほど高くないこと)などを考慮すると、少なくとも長期間夫婦としてその自宅に居住しており、一定年齢を超えた生存配偶者に関しては、むしろ原則として生存配偶者が望む限りはその長期居住権を認め、むしろ認められない場合を例外として定める方が妥当なのではないかと思っています。

アメリカなどでは「合有登記」という方法があり、自宅を購入する際に夫婦で合有登記しておけば、夫婦の一方が亡くなった場合に当然に生存配偶者単独の所有に出来るそうです。夫婦に関する考え方や法制も異なるので、このような制度をそのまま日本に導入することは出来ないにしても、考え方としてはその方向性が良いのではないかとすら思っています。

また、所有権の取得自体が、相続財産の形成に関与していない相続人にとって「棚からぼた餅」的側面のあることも否定できないところです。

勿論、夫婦の財産関係や相続を巡る問題にはいろいろな考え方があり、どの考え方が正しいと一概に言えるものでもありません。一つの考え方としてご理解頂ければ、と思います。夫婦の関係や相続をどう考えるかは、その国の文化、伝統に関わる部分も多く、理屈で割り切れない部分もあります。法律を作る以上は、国民の有する夫婦観、相続観から余りかけ離れることも出来ません。従って、結果としてどういう内容の法律になるのかはまだ分かりませんが、上記のような形で、生存配偶者の「居住権」というものが議論されていることをご理解頂ければと思います。

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