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相続

平成28年11月4日

32.相続法の改正について(4)

今回は「可分債権」を取り上げます。可分債権の具体例としては、普通の預貯金をお考え下さい。これまで最高裁が、普通の預貯金払戻請求権は「可分債権であるから相続発生と同時に当然に相続分に従って分割され遺産分割の対象にならない」としていた判例を変更しそうであることについては、この連載の「28」でも取り上げさせて頂いております。中間試案でも、預貯金を遺産分割の対象にする方向での改正案となっています。

円の単位で分割できる預貯金を遺産分割の対象にした方が、柔軟かつ公平な分割ができることもあり、遺産分割調停の場では、相続人全員が同意すれば遺産分割の対象にしてきたことも申し上げました。勿論、相続人間で行う任意の遺産分割協議で預貯金を遺産分割の対象にすることも何ら問題はありません。つまり、実際上このことが問題になるのは、調停が不調になって、裁判官が審判を行わざるを得なくなった場合でした。審判では遺産分割の対象から預貯金が除かれてしまう結果、「分けにくい」不動産等のみが残ってしまい、柔軟かつ公平な分割がしにくかったのです。最高裁が判例を変更しようとしているのにも、そういう背景があります。

ただ、いざ法律を改正して預貯金を遺産分割の対象にするのであれば、相続発生後、遺産分割完了までの間、(これまでは各相続分に従って引出すことができることになっていた)預貯金をどのように取り扱うべきか、という問題が生じます。この問題について、中間試案では、二つの方向性が示されています。

第一案は、これまでのように、各相続人が相続分に従って払い戻しを受け得る、という方向性の案です。

第二案は、遺産分割が完了するまでは、相続分に従った引き出し等を制限しようという方向性の案です。

ところで、第一案には次のような問題があるように思います。

つまり、これまでは、そもそも預貯金は遺産分割審判の対象になりませんでしたので、審判移行後、相続人がその相続分に従って預貯金を引出しても審判に影響はありませんでした。しかし、遺産分割の対象にするというのであれば、審判移行後、審判官の知らないうちに預貯金が引出されるという事態が発生した場合にどうするのか、という問題も生じてきます。例えば、預貯金はAさんのものになりそうだと考えるBさんやCさんたちが、五月雨式に相続分に従って預貯金を引出し始めると言うことも考えられなくはないのです。審判官がそれを知らないままに審判を行なった場合には、事後処理の問題を残してしまいます。

これに対抗してAさんが金融機関に「自分が預貯金を相続しそうなので、他の相続人が引出しに来ても応じないで欲しい。」というようなことを金融機関に通知していた場合などであれば、金融機関も対応に困ります。第一案を採用するのであれば、こういった問題が生じることを防ぐ手立てが必要になります。

他方、第二案に従って、預貯金の引出し等を制限することになると、例えば相続債務の支払もできないという場合が生じてきます。手元不如意の相続人の場合、自分の負担すべき相続債務を支払えないということも生じかねません。また、預貯金の金額が相当程度に多額で、相続税の申告期限までに遺産分割協議がまとまらない場合を考えますと、相続税の支払原資も用意できない場合が生じてきます。第二案を採用するのであれば、こういった事態に対応できるようにする必要があると思います。

また、いずれの方向性を採用する場合でも、預貯金に関し払戻し義務を負担している金融機関のことも考慮しなければなりません。

かつて金融機関は、「相続人全員の同意書」がないと相続預金の引出しには一切応じませんでした。ハンコを押してくれない相続人や、行方不明の相続人がいたために預金が引き出せなくて困ったという経験をお持ちの人もおられると思います。私ども弁護士の中でも、最高裁の判例をいくら説明しても応じて貰えず、裁判を提起してやっと預金を引出したという経験を持つものもいます。金融機関が悪いといってしまえばそれまでですが、裁判を提起しないと引き出せないのでは、緊急の事態には対応できないと言うこと自体が問題です。近時では、ようやく相続分に応じた引出しに応じる金融機関も増えてきましたが、その段階で法が改正されるわけですから、方の内容如何では、金融機関の対応の混乱も予測できます。金融機関にも迅速な対応を望みたいですが、金融機関に解釈や判断を要求するような法律は混乱を招きますので、できるだけそういう法律は避けて頂きたいと思います。

このように、預貯金一つを遺産分割の対象にしようとするだけでも、いざ法律に規定するとなると、いろいろな考慮が必要になります。今回の法改正では預貯金しか対象になっていませんが、「可分債権」は預貯金だけではありませんので、他の可分債権をどう扱うかについては今後の課題となります。

少なくとも、預貯金を遺産分割の対象にした方が公平妥当な遺産分割が実現できることは間違いないことですので、改正には賛成ですが、できるだけ「余分な紛争」が生じないように、誰もが一義的に判断できる、明確かつシンプルな改正にして頂きたいと思います。

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