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相続

平成29年2月13日

35.相続法の改正について(7)

 「預貯金債権が遺産分割の対象になるか」、という問題は、本連載の122832でも既に触れさせて頂いており、28において最高裁が判例を変更する見通しであることを申し上げましたが、平成28年12月19日に最高裁大法廷で判例変更がなされました。連載32でもご紹介致しましたが、この点が法改正の対象になっていることもあり、今回はこの判例についてご説明申し上げます。

裁判になった事案は、甲さんが死亡し、Aさん、Bさんが相続人(相続分は均等)。遺産は、不動産(評価額約260万円)と、預金が合計で4600万円ほどですが、Bさんは既に約5500万円の特別受益を得ているというものでした。

この場合、預金が遺産分割の対象になるのであれば、「(260万円+4600万円+5500万円)/2=5180万円」が各自の具体的相続分になります。Bさんは既に特別受益として5500万円を得ていますが、具体的相続分を超える部分について返還する必要はないので、結果として、Aさんは4860万円、Bさんは5500万円を取得することになります。・・・(結果Ⅰ)

これに対して、預金は可分債権なので相続発生と共に当然に分割され、遺産分割の対象にならないとすると、「(260万円+5500万円)/2=2880万円」が各自の具体的相続分になりますので、不動産260万円はAさんのものになりますが、Bさんは具体的相続分を超える部分について返還する必要はないので、遺産分割としてはこれで終わります。当然分割された預金分を加えて、結果として、Aさんは預金の半分(2300万円)と不動産(260万円)の計2560万円を取得し、Bさんは預金の半分(2300万円)と特別受益(5500万円)の計7800万円を取得することになります。・・・(結果Ⅱ)

いずれが公平かといえば、(結果Ⅰ)ですから、遺産分割調停の場においては、「相続人全員の合意を得て」預貯金も遺産分割の対象にしてきたことは既にご説明申し上げたとおりです。しかし、当事者で合意ができずに審判になると、裁判所は、(結果Ⅱ)の判断をすることになります。実際この事案でも原審はそういう判断をしました。それを最高裁が、今までの自身の考え方を覆し、「預金は可分債権ではなく、従って遺産分割の対象になる」と判断したわけです。

今まで可分債権としてきた解釈を可分債権ではないと変更した理論的説明も重要ですが、皆様方にとっては理論上の説明より、「判例が変更されたら、私たちには今後具体的にどのような影響があるのか」の点の方が重要だと思いますので、理論的な説明は省略します。

まずプラス面ですが、相続人の誰かが反対しても預貯金を遺産分割協議の対象にできますので、遺産分割における預貯金の調整弁的な機能を期待できるようになります。つまり、遺産分割協議のまとまる率が高くなる、ということになります。これは大きなプラス面だと言えます。

マイナス面は、今後の銀行の対応、ということになると思われます。

預金が可分債権なら、各相続人はその相続分に応じた金銭を引き出せるはずだということになりますが、可分債権でなく、遺産共有が生じていると考えることになりますので、相続人(共有者)全員の合意がないと引き出せないということになります。今までも、金融機関は各相続人の、相続分に応じた引出しには消極的でしたが、その運用に、言わば「お墨付きを与える」ことになる訳です。

そうすると、行方不明(あるいは海外在住)の相続人がおられる場合や、反対するものがいるなど、預貯金引出しについて、相続人全員の合意ができない場合には、目の前に支払原資がありながら、例えば相続債務の支払、被相続人から扶養を受けていた相続人の生活資金の支払ができなくなるということも生じてきます。その状態のままで遺産分割協議が長引いた場合には相続税の支払等について支障を来たすであろうことも予測できます。

勿論、相続人が遺産分割で揉めている場合も、相続人共通の利益(相続債務や相続税の支払)のために「一時休戦」の合意さえ得られれば、実際に支障が生じることはそれほど多くないのかも知れません。しかし、その合意形成に時間がかかることもありますし、第一、目の前に支払資金があるのに使えないという事態が生じ得ること自体が、望ましいことではないと思われます。

今回の判決でも、そのような不都合が生じうることは認識した上で、そのような場合は仮分割の仮処分(家事事件手続法200条2項)で対応できるとしていますが、何分判例が変更されたばかりなので、どういう場合にこの仮処分が認められるか(必要性や緊急性の要件の内容)、裁判所の判断にどの程度の期間を要するかも明らかではなく、この制度にどこまで実効性があるかは未知数です。

従って、預金の払戻し制限が生じることに対する緊急の解決が必要だという考え方に立つなら、立法による解決も検討しておくべきでしょう。立法として、最高裁が言うように、仮分割の仮処分があるから、当面はそれで良いとするのか、そんな面倒なことをしなくても一定額もしくは一定割合の預金は各相続人が直ちに引き出せるようにするのか、引出し得ることを認めるのであれば、その場合の要件をどう定めるか、引出してしまった分について、後日行われる遺産分割においてどのように取り扱うか、といった点が(改正)作業の場で話し合われるべきであろうと思われます。

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