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相続

平成29年3月21日

36.相続税対策としての養子縁組は有効か

 本年1月31日に、もっぱら節税目的で行った養子縁組も、直ちに無効とは言えないという最高裁判決がありました。

「専ら節税目的の養子縁組」の場合に、そもそも「親子関係を形成する意思(=養子縁組の意思)があると言えるのか」という問題は昔から議論されていました。養子縁組の意思がなければその養子縁組は無効になり、相続人が減りますので、相続にも大きな影響が生じます。

このように争いがあったため、本連載の「2. 相続税対策のための養子」では、敢えてこの点には触れず、「節税効果はあくまで養子縁組を行った効果であり、養子縁組を行う理由はそれぞれです。」という記載に留めていたのですが、この問題に、そういう養子縁組も有効であるという方向で決着がつきましたのでご紹介申し上げる次第です。

「節税」と言っても、昔は養子の人数に制限なく基礎控除の対象になったので、養子の数を増やせば増やしただけ基礎控除額も増え、相当の節税になったのですが、現在では、基礎控除額の算定の基礎となる養子の数に関しては「実子がいる場合は一名、実子がいない場合には二名の養子まで」しか認めないことになっています。現在、相続人一人当たりの基礎控除額は600万円ですから、実子がいる場合は、節税効果といっても、遺産について600万円の基礎控除枠が追加されるだけです。それでも、「使える節税対策は全部やろう」というわけで、「節税のための養子縁組」は後を絶ちません。

今回最高裁まで争われた事案は、相続人として長男、長女、次女がいて、被相続人が亡くなる1年前に、税理士さんから「相続税の節税対策になりますよ」と勧められ、被相続人が、もっぱら節税目的で長男の子(1歳)と養子縁組をした、という事案でした。

この事案で遺産が幾らあったのかは分かりませんが、仮に遺産が1億円だったとしますと、計算は省略しますが、相続税全体としては、養子縁組をしなかった場合に比して115万5000円ほどの「節税」になります。長男、長女、次女個人で考えると、養子が負担する相続税分がありますので、各87万5000円ほどの節税です。しかし他方、養子が加わることによって養子の相続分が生じ、養子以外の各子供の法定相続分が減りますので、長男、長女、次女は取得分が、養子がいなければ約3333万円だったものが2500万円へと、約833万円減少し、その分(約833万円×3=2500万円)を養子が取得することになります。長男は、「長男側」で考えた場合は取得分が計5000万円に増え、節税にもなるということですからそれでも良いと考えるかも知れませんが、長女、次女にしてみれば、個々の節税額の約10倍近く取得分が減りますから、「結局損」ということになります。

勿論、「専ら節税目的の養子縁組」ではない、いわば「普通の養子縁組」が行われていた場合にもこういう現象は必ず生じます。養子も「子」であることに変わりはないからです。養子の実態があるなら、そういう結果も当然だということになりますが、「子」としての実態があるわけでもない「専ら節税目的の養子縁組」でこういう結果になるのは納得できない、というのは理解できなくもありません。

長女や次女とすれば、「専ら節税目的の養子縁組には縁組意思が認められないから無効である」、と言いたくもなるわけです。

この事件で、原審(高等裁判所)は、長女、次女側の言い分を認め、専ら節税目的でなされた養子縁組を無効と判断しました。しかし最高裁は、「その場合でも縁組意思がないとは言えない」と判断したわけです。

税理士から節税対策といわれると、無条件に飛びついてしまう人も多いですが、「節税要件を満たすために、あえて現状を変更する必要がある」、というタイプの節税対策の場合は、現状を変更してしまったことにより発生する法律効果は検討しておかないと、上記裁判例のような紛争を生んでしまいます。特にこの場合の「現状変更」は「形を整える」ことしか行われず、実質を伴わないことも多いので、揉めてしまうとその有効性自体が争われてしまうことにも注意が必要です(本件養子縁組もまさにその点が争われました。)。

上記最高裁判決では、長男側が、経済的利益も獲得し、裁判にも「勝った」ことになる訳ですが、長女、次女が「納得したか」といわれると、おそらく「長男に騙された」という感覚しか持たないでしょう。法的解決と納得とは同じではありません。そういう結果が望ましいのかと言われれば、決して望ましいとは思えません。そういう結果に至る「節税」は、適法だということになるとしても、行き過ぎで不相当だと思います。

このような結果を防止するためには、後日に発生するかも知れない紛争の可能性を知っておくことが必要です。紛争が生じ、相続人間の人間関係が破綻してから、「こんなことになるとは思わなかった」と言っても遅いのです。

あえて節税要件を満たすためには現状を変更する必要があるという場合には、そのことによって他の法律関係がどうなるのか、法律の専門家に相談し、将来生じるであろう紛争が生じないように工夫されるべきだと思います。

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