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税制知っ得

平成26年9月1日

22.必要経費の考え方③ -単なる趣味か生業か(1)-

経費とすることができるかどうかに関して、前々回いくつか裁決をご紹介しました。このテーマに関して今注目されている裁判があります。競馬で儲けた人が申告すべき所得税を申告しなかったとして所得税法違反に問われている刑事事件です。必要経費の考え方がよく表れている判決ですので、ご紹介したいと思います。

 

被告人は給与収入の他、競馬の勝馬投票券の払戻金による収入を得ていました。被告人は市販の競馬の予想ソフトを自ら改良して、レースの分析を行い、レースごとに大量に馬券を購入していました。被告人が3年間で購入した馬券の総額は約28億7000万円。そして、3年間で約30億円の馬券収入を得ました。

被告人はこれによる所得を申告しなかったため所得税法違反に問われたわけですが、申告すべき所得税額が主な争点となりました。検察は、的中馬券の購入費用を約1億5000万円と算出し、これのみが経費にあたるので、所得は28億5000万円だと主張しました。これに対し、被告人は、全馬券の購入費用が経費だとして30億円から28億7000万円を差し引いた1億3000万円が所得だと主張したわけです(事案及び数字は簡略化しています)。

  検察官の主張 被告人の主張
売上 30億 30億
経費 1億5000万円 28億7000万円
所得 28億5000万円 1億3000万円
 

この争点は具体的には、①馬券収入は一時所得か雑所得か、②外れ馬券の購入費用も経費とすることができるのか、という2点に分けて考えることができます。

 
【①馬券収入は一時所得か雑所得か】

一時所得と雑所得では、必要経費の範囲に差が生じてきます。一時所得は継続性・恒常性の認められない一時的・偶発的な所得ですから、経費も「その所得を得るために直接かかった経費」と限定して考える方向に働きやすいです。一方、雑所得は継続性・恒常性が認められるのですから、「直接でなくても、その所得を得るためにかかった費用」と広げて考える方向に働きやすいのではないかと思います。判決ではこのあたりの所得の種類と費用の範囲の関係については明示されませんでしたが、所得の種類は必要経費の範囲を画する上で重要な前提論点となるものです。

判決は、まず、所得税法34条1項を引用し、一時所得は一時的かつ偶発的に生じた所得である点に特色があると述べています。すなわち、利子・配当・不動産・給与・退職・山林・譲渡所得以外の所得で、所得発生の基礎となる一定の源泉から繰り返し収得されるものであって、所得の基礎に継続性、恒常性があるものは雑所得であり、これが認められないものが一時所得となります。

そして、一般的には馬券購入行為は、趣味、嗜好、娯楽等の要素が強いものであって、継続性・恒常性が認められず一時所得となりますが、本件の被告人のケースについては、28億円を超える多額の馬券を購入していること、ほぼ全てのレースにおいて無差別に選択された馬券を機械的に購入するという手法等から「一般的な馬券購入行為と異なり、その回数、金額が極めて多数、多額に達しており、その態様も機械的、網羅的なものであり、かつ、過去の競馬データの詳細な分析結果等に基づく、利益を得ることに特化してものであって、実際にも多額の利益を生じさせている。またそのような本件馬券購入行為の形態は客観性を有している。そして、本件馬券購入行為は娯楽の域にとどまるものとはいい難い。」と述べ、雑所得であると認定しました。

 
【②外れ馬券の購入費用も経費とすることができるのか】

地裁は、当たり馬券の購入費用は払戻金を得るために「直接に要した費用」(所得税法37条1項)であるとして必要経費に該当するとしました。

そして、外れ馬券の購入費用についても必要経費の控除を認めた趣旨から、必要経費性を認めました。つまり、必要経費を課税対象から控除することができるのは、得られた収入のうち必要経費に相当する部分については投下資本の回収に当たるため担税力を欠くからです。被告人の行為は長期的に見て全体として利益を上げるというものであったことから、外れ馬券を含めた全馬券の購入費用が、当たり馬券による払戻金を得るための投下資本に当たると述べ、全馬券について必要経費性を認めました。もっとも、外れ馬券の購入費用は、特定の当たり馬券の払戻金と対応関係にあるものではないから、「その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額」の方に該当するとしました。

 

検察の主張するように28億5000万円が所得となるというならば、税金は、28億5000万円×1/2×40%=5億7000万円となります(他の所得、控除等は一切考慮しない場合)。すると、30億円の収入があっても、実際に馬券購入にあてた28億7000万円を差し引き、さらに税金を支払うと結局手元には全く残らないどころかむしろマイナスになってしまいます。これでは何のために自らソフトを改良してまで馬券を買い続けているのか、ということになってしまいます。

 

本件の結論に至った最大の理由は、被告人の馬券購入が、娯楽性の高い一般的な馬券購入行為と違って、大量かつ継続的、機械的であって、競馬を娯楽として楽しむというよりもむしろ利益を得るための資産運用の一種として行われていたと認定された点にあります。

 

「外れ馬券も経費になる」という結論だけを取り出すと、かなり衝撃的な判決に聞こえますが、落ちている外れ馬券を拾い集めて経費にできるというような夢のような話ではもちろんありません。また、「継続性」「恒常性」という言葉がよく用いられていますが、何年も馬券を買い続けているというだけでは同じ結論にはならないでしょう。かかった費用を全て経費とするためには、利益を上げるために自分なりに工夫を凝らした方法を考え、誰がみても単なる趣味を超えていると認められるような領域に達していることが前提となるというわけです。

 

なお、本件は刑事裁判であり、被告人が正当な理由なく申告すべき所得を申告しなかったという点は認定され、有罪判決となっています(懲役2月執行猶予2年)。

検察官は控訴しましたが、控訴棄却となり、現在上告中です。ですから、最高裁で変更される可能性は残されているという点はご留意ください。

事例

大阪高裁平成26年5月9日判決(上告)

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