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税制知っ得

平成28年12月5日

36.取引相手の破産と個人事業者の会計・税務処理

取引相手の破産までの経過

前回は、「取引相手の破産と法人の会計・税務処理」について、ご説明しましたので、今回は、「法人」を「個人」に置き換えて、前回と同様、取引先の法人の支払能力の低下から破産を経由して同法人が消滅するまでの過程に応じて、とるべき会計・税務上の処理について、整理します。

個人事業者に適用される会計基準は

ところで、会計基準について、事業者が会社である場合には、「一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従う」(会社法431条)、「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従つて」(法人税法22条4項)と規定があります。そして、その中核を形成するものは、会計基準委員会が公表する会計基準その他会計処理に関する報告に含まれる規範と解されています。

これに対し、個人である事業者については、もちろん会社法に規定はありませんが、事業者の大半を占める商人については、「一般に公正妥当と認められる会計の慣行に従う」(商法19条)となっています。しかし、所得税法には、当年分に対応する収入金額と必要経費を計上することが記載されているだけです。

最近、策定された「中小企業の会計に関する指針」(平成17年8月3日公表)も「中小企業の会計に関する基本要領」(平成24年2月1日公表)も、会社のみを対象にしています。

よって、個人事業者については、商人であれば公正な会計基準に従う義務を負いますが、商人でない事業者(税理士、司法書士、弁護士など)については、所得税法(実務上は、関連する通達)に従い、所得を計算すべきということになろうかと思います。

もちろん、商人でない事業者が公正な会計基準に従ってはいけないという規範はないので、これに準拠するのは自由ということになろうかと思います。もっとも、業法などに基づいて特別な基準がある場合は別です。

前回までには、公正な会計基準の中核をなす「企業会計基準」について整理しましたので、個人事業者については、所得税法上どのように扱われるかが問題になります。

売掛金のライフサイクルに応じた処理

(1) 売掛先法人の支払能力の低下

売掛金の支払期限において、全額の支払いがなされず、支払期限を徒過した売掛金が滞留しきている状況

  

取引相手に債務超過の状態が相当期間継続し、その事業に好転する見通しがないことから、回収が見込めない金額(担保権等の実行により回収可能な部分は除く。)として貸倒引当金勘定に繰り入れた額について必要経費に算入できます(所得税法施行令144条1項2号)。

 

(2) 弁護士が自己破産申立てのために支払停止

売掛先法人において、いよいよ資金繰りに窮し、現有する財産をもって、債務を弁済できなくなり、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態に至った場合、自己破産を申し立てるのが通常です。

そのために、弁護士などに自己破産の申し立てを依頼し、受任弁護士が、受任通知と合わせて、支払停止の通知をするとともに、債権の届け出を求めることがあります。

一般的には、弁護士の受任から自己破産の申立てまでに長くて数か月です。

 

取引相手が破産手続開始の申立てを行ったことが確認できれば、当期において、その金銭債権を貸倒引当金勘定に繰り入れた場合、債権額の2分の1に相当する金額まで必要経費に算入できます(担保権等の実行により回収可能な部分は除く。)(所得税法施行令144条1項3号)。

また、一般的には、受任弁護士の通知からせいぜい数か月で自己破産の申立と破産手続開始決定に至ります。しかし、ごくまれに1年以上が経過してしまうこともあります。取引停止後1年以上経過した場合、当期において売掛金債権についてのみ、備忘価額を控除した残額(1円)について貸倒金として必要経費に算入ができます(所得税法基本通達51-13)。

 

(3) 破産手続開始決定、破産管財人の選任

売掛先の自己破産申し立てが所管の裁判所に受理されれば、その裁判所にて、要件を満たしているか審査がなされ、しばらくして破産手続開始決定が出されます。破産手続が始まれば、一般債権者は破産債権者となり、個別の取り立てや強制執行ができなくなり、専ら破産管財人による破産財団に属する財産の換価と配当を待つことになります。

 

(2)に記載したことと同様です。

 

(4) 破産債権の調査がなされ、配当

破産財団にある財産の換価が終わり、租税公課などの財団債権を弁済したのち、配当に足る財産が確保されていれば、債権調査に基づき、破産債権の認否が行われ、債権額に応じて按分配当がなされます。なお、抵当権など担保権の付いている債権は、別除権といい、別除権の行使によっても回収できない部分が破産債権となります。  

債権者によっては、配当期日を待たずに、債権放棄を行ったり、あるいは、破産債権届け出を行わないことがあります。取引停止後1年以上経過した場合、売掛金債権についてのみ、備忘価額を控除した残額(1円)について貸倒金として必要経費に算入ができます(所得税法基本通達51-13)。

 

(5) 任了報告集会が開催され、破産手続が終結(廃止)

配当手続が終了すれば、最後に任了報告集会が開催され、破産手続が終結します。これを受け、裁判所の法務局への嘱託により、破産会社の法人格が消滅します。よって、これ以上破産財団から破産債権の回収ができないことが明らかになります。

 

破産債権が法的に消滅すれば、当然に、その貸倒処理が認められます。しかし、破産手続において、会社更生におけるような債権の切り捨てはありません。とはいうものの、破産手続が終結すれば、破産財団に分配可能な財産はないことが明らかとなります。したがって、この段階で、回収不能分(貸倒引当金残高を超える部分)を必要経費に算入することができます(所得税法基本通達51-12)。なお、破産手続が終結する前でも、配当がないことが場合には、必要経費に算入することができます。

 

おわりに

消費税等について、貸倒引当金の計上の段階では、不課税です。貸倒処理を行った際には、貸倒れとなった金額に対応する消費税額を貸倒れの発生した年の売上げに対する消費税額から控除します(消費税法39条)。貸倒債権を回収したときの消費税等の額は、回収した年の課税標準額に対する消費税等の額に加算します(消費税法基本通達13-1-6)。

いずれの経理処理においても、売買契約書、請求書、取引相手の自己破産申立ての通知、破産手続開始決定、破産手続廃止の通知、取引相手に対する債権放棄の通知の原本または写しなど関連する証憑の保存が必要です。

なお、以上は、取引の相手方が法人である場合を前提に説明しましたが、取引の相手方が個人の場合も基本的には同じです。しかし、一点大きな違いがあります。個人(自然人)の破産の場合、一般に破産管財人による破産財団に属する財産の換価が終われば、免責決定が出されます。これにより法的かつ確定的に債権が消滅します(厳密には自然債権といい、強制執行ができない債権です。)。よって、免責決定が確定した年(廃止に先立つ場合)に、回収不能分(貸倒引当金残高を超える部分)を必要経費に算入することができます(所得税法基本通達51-12)。

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