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税務判例フォローアップ

平成27年8月1日

26.被相続人が相続人の名義で貯めた預貯金は、相続財産か?その判断基準は?

事案の概要

Xは税務署に対し、亡父Aの相続税申告書を提出しました。

後に、Aの相続財産として申告していた預貯金の中に、X及びXの子らの名義の預貯金(以下、「本件預貯金」といいます。)がまぎれていることが分かりました。そこでXは、本件預貯金はAから生前に贈与を受けたものであるから、Aの相続財産ではなかったとして、税務署に対して更正の請求をました。

しかしXは、税務署から、更正をすべき理由がない旨の通知処分を受けました。

Xは裁判所に対して、この処分が違法なものであると主張して、その取消しを求めました。

どうして名義預金が発生するのか?

そもそも、Xが本件で更正の請求をしたのは、被被相続人から見て他人名義の預貯金を被相続人の遺産として相続税の申告をしていたからです。

なぜ、他人名義なのに相続人の財産として申告したかといえば、税理士がそのように認識したからです。

これは単純なミスでありません。財産の帰属は、実務上、名義、名目のみで判断するのではなく、実質的な観点から判断すべきことになっているからです。端的に言えば、誰がその財産から利益を得ているか、ということです。特に、親族聞においては、他人(親族)名義で預貯金口座を開設することは、様々な動機から、行われています。名義、名目のみの預金を名義預金と呼んでいます。この問題は、相続税の申告の場面だけでなく、夫婦間の財産分与、債権者による財産差押え、破産した会社の財産の換価…と、種々の場面で問題になります。

たいていの場合は、どのような基準によっても形式的権利者と実質的権利者が一致します。しかし、①預金の元手を出した人と名義人が異なる場合、②口座の開設の意思決定をした人と名義人が異なる場合、③口座の開設手続を行った人と名義人が異なる場合、④預金通帳や印鑑を管理している人と名義人とが異なる場合、⑤口座に発生する利息を受け取り利益を受けている人と名義人とが異なる場合…一体誰を真の権利者とすべきでしょうか。真の権利者は誰かを考える場合、①から⑤を指標にしたとして、2×2×2×2×2=32通りの組み合わせが考えられます。①~⑤全ての条件が揃う場合には、前者(非名義人)が実質的権利者となりそうですが、①の条件だけを満たす場合には、後者(名義人)が実質的権利者といえそうです。

しかし、裁判実務では、いくつの条件に該当すれば、形式的権利者は実質的権利者でない、というような単純な準則はありません

本件事案では、税理士は、亡父Aが、死亡時に、何と12の他の親族名義の定期預貯金45口、そのうちXとその子2名の預貯金10口(合計約800万円)があったところ、後で税務署から相続税額を増額更正されることをおそれて、ことごとくAの財産として、相続税の申告を行うことを勧めたのです。

そこで、Xは、一旦はその税理士の勧める財産目録に従って申告したのです。

実質的所有者の具体的な判断基準は?

本判決では、問題となった預貯金の実質的権利者の具体的判断基準を明示しませんでした。しかし、事実の認定過程から、以下の事実を総合的に考慮して、誰がその口座から利益を得ているかを判断していることがわかります(東京高裁平成21年4月16日判決で定立された基準)。

①預貯金又はその原資の出捐者、

②預貯金の管理・運用の状況、

③預貯金から生ずる利益の帰属者、

④被相続人と預貯金の名義人、及び、その預貯金の管理・運用をする者との関係、

⑤預貯金の名義人がその名義を有することとなった経緯

そして、誰が利益を得ているかを判断することは、裏からいえば、原資の出捐者から名義人に対してその原資に対する支配は移転したか、名義人が利益を得ているかの判断でもあります。このことは、出捐者から名義人に対する贈与があるか否かの事実認定と表裏一体になることを意味しています。

 

すなわち、大方の場合、名義人に対して贈与がなされたかの事実認定に尽きると言えるでしょう。

 

贈与とは?

贈与とは、当事者の一方(贈与者)が自己の財産を無償で相手方(受贈者)に与えることを内容とする契約です(民法549条)。贈与が成立するためには、贈与する当事者の「贈与します」という意思と贈与を受ける当事者の「贈与を受けます」という意思の合致が必要です。これは贈与という法律効果が発生するために必要な要件事実といわれます。

従って、お金を出したAがXに対して、預金口座ごと贈与する意思があったとしても、受け手の側であるXが「贈与します」という事実を認識し、Aに対して「贈与を受けます」という意思表示しない限り、Aいくら頑張って預金してもそれだけではXのものにならないわけです。但し、意思表示といっても、「言葉」としていわねばならないわけではなく、当事者の行動から意思表示がなれたと解釈されることはあります。

また、AがXに対して贈与をしたのであれば、それ以降、Xは、自分のものとして、使用・収益・処分するのが一般の常識にかないます。だから、裁判所は、振り返って、預貯金の管理・運用の状況を観察します。もし、Aが印鑑と通帳を持ち、郵便物を銀行から受け取り、自分でその通帳と印鑑を持参して銀行に通っているのであれば、Aはまだ自分のものとして管理していると評価するのが常識的でしょう。このような事実は上記の要件事実である「贈与します」、「贈与を受けます」の存否を判断するための手がかりとなる事実ですので、これを間接事実といいます。火のないところに煙は立たずの類です。

同様の観点から、裁判所は利息の行方も追います。Aの口座開設後、Xが利息を定期的に受け取っていたら、Xは利益を受け取っていることになりますので、原資に対する支配がAからXに対し移転したことがうかがわれます。この場合は贈与が成立したのではという方向に経験則が働きます。これも間接事実です。

さらに事実認定をややこしくするのが、通謀虚偽表示(民法94条1項)です。外観上は贈与の合意があったとの外観を作りながら、当事者の真意ではこれをなかったこととする合意をしている場合があります。

このように見てくると、実は、贈与という単純な事実があったか否かの判断を巡っての争いは、多くの間接事実、すなわち、贈与を肯定する方向に働くもの、反対に、贈与を否定する方向に働くものが、税務署と納税者から提出される過程であることがわかるでしょう。

 

本件ではどうなったか。

贈与の事実が認められるかについて、「贈与します」と「贈与を受けます」の意思の合致(主要事実)は直接認定していません。

そこで、これを推認させる間接事実から事実認定を試みました。その中間項として、「Aに各名義人に贈与するという確定的な意思」があるかを判断しました。

預貯金又はその原資の出捐者⇒A
預貯金の管理・運用の状況⇒Aは、証書を手元に保管
預貯金から生ずる利益の帰属者⇒Xに物入りが発生したり、Aに物入りが発生したときに、必要に応じて解約し、各名義人の各預貯金の金額とは直接関係のない金額を現実に贈与していた。
被相続人と預貯金の名義人、及び、その預貯金の管理・運用をする者との関係⇒親族
 

結局、贈与の事実を認定するに足る証拠はないとして、Xの請求は棄却されました。

この裁判所の判断は、私たちの常識にも沿うものと思われますが、いかがでしょうか。事実認定過程では、間接事実から事実を認定しなければならないケースが多いため、判断材料が無限に広がり、ややこしく、難しいようにも見えます。

しかし、認定の目標をはっきり特定し、そのためにどのような材料をもってくるかという、判断プロセスがイメージできれば、そんなに難しくない作業ということをお分かりいただけたかと思います。

いずれにしても、良いとこ取りをしようとすれば、それ相応に、後のリスクが高まります、というのが教訓です。

※ 事案を分かりやすくするため、簡略化しています。

事例

東京地裁平成26年4月25日判決

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