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税務判例フォローアップ

平成29年10月15日

33.取引をしたが、予想外の納税義務を負ってしまった場合、課税の原因となる取引について、民法上の錯誤を理由に決定の無効主張ができるか。

事案の概要

Xは、Aに対し、約55億円を貸し付けていました。Aの不動産の価格が約7億円であったので、48億円を免除(以下、「本件債務免除」といいます。)しました。

これに対し、税務署がXに対し、本件免除による利益は賞与に当たるとして、源泉所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分をしました。

その後、差戻控訴審で、多額(5億円以上)の納税義務が発生することを覚悟し、本件免債務除によって、このような納税義務が発生するのであれば、そもそも、XはAに対して、債務免除をしていなかったとして、錯誤無効の主張をしました。

錯誤無効とは

「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。」規定があります(民法95条)。

この条文は、そもそも、契約の拘束力の源泉は自由な意思の合致によるところ、表示に対応する意思(「内心的効果意思」といいます。)がない場合、契約は無効であるとするものです。

もっとも、この不一致があれば何でもかんでも無効主張ができるというのでは、取引の安全を害するので、無効主張できる場合を「要素の錯誤」に限定しました。

「要素の錯誤」とは、表意者が意思表示の内容の主要な部分とし、この点について錯誤がなかったら、表意者は意思表示をしなかったであろうし、かつ、意思表示をしないことが一般取引の通念に照らして至当と認められる場合を言います。(大審院判例)。

そして、動機に錯誤がある場合には、表示(この鉛筆下さい)と内心的効果意思(この鉛筆を買う)の間に一致はなく、例えば、この鉛筆の芯は折れにくいだろうと思ったこと(動機)と表示との間のことは問題にされないので、原則、表意者は無効の主張ができないことになっています。

もっとも、その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となり、もし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められる場合には無効主張が認められます(最高裁判例)(注1)。

なお、表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができません。(民法95条但書)

注1 平成32年施行見込みの新民法では、取消することができるとなりました。

私法行為と租税法規との関係

刑法における罪刑法定主義と同様、課税の作用は国民の財産権への侵害ですから、課税要件は法律によって規定されなければなりません(課税要件法定主義)。課税要件とは、納税義務の成立要件、すなわち、それが充足されることによって納税義務の成立という法律効果を生ずる法律要件のことです。課税要件の要素としては、納税義務者、課税物件、課税物件の帰属、課税標準、および税率があります。このうち、今回の論点と関わりのある課税物件とは、課税の対象とされる物・行為または事実のことで、納税義務が成立するための物的基礎と言われています。そして、立法者(国会)は、担税力を推定させるような物・行為または事実をとらえて課税の対象としています。

以上をまとめて言えば、課税要件を満たすコンテンツがある場合に納税義務が具体的に発生するということになります。では、その満たすコンテンツとは一体何を意味するのでしょうか。

「租税法は、種々の経済活動ないし経済現象を課税の対象としているが、それらの活動ないし現象は、第一次的には私法によって規律されている。租税法律主義の目的である法的安定性を確保するためには、課税は、原則として私法上の法律関係に即して行われるべきである。‥課税要件事実は外観や形式に従ってではなく、実体や実質に従って認定されなければならない。」、と金子教授は述べられています。実務においてもそのように扱われています。このプロセスを嚙み砕いて言えば、私法取引の場合、民事上の当事者間の法律行為の解釈を行い、それだけでなく、その経済的成果も考慮して、課税要件を満たすか判断されることになります。

これを本件の課税物件についてみれば、最高裁の判決は所得税法の賞与または賞与の性質を有する給与(所得税法28条1項)として認定しました。その分析対象には、①免除という法律行為があり、②これにより、名宛人であるAにおいて債務が消滅し、財産状態が改善するので、経済的利益があることになります。そして、③この利益の性質は、雇用契約類似の関係を前提に、役務の提供に対する対価としての賞与であると認定しました。このように、本件の課税物件については、雇用関係、免除の二つの法律関係と経済的成果の評価が基本になりました。

なお、納税義務が成立すれば、納税申告、更正処分、決定処分等による確定手続を経、税額が確定します。

   

Xの主張

源泉徴収義務者の錯誤無効の主張は許されない。

 

理由:

納税義務の成立後に、安易に納税義務の発生の原因となる法律行為の錯誤無効を認めて納税義務を免れさせることは、納税者間の公平を害し、租税法律関係を不安定にする。

 

コメント

納税義務者の錯誤については、豊富に裁判例があります。錯誤の対象により、大きく2つに分かれます。一つは、本件のように課税要件の対象としての課税物件である行為に錯誤がある場合、他は、課税要件の対象ではなく、申告において錯誤がある場合です。

本件は、前者の部類に属しますが、先例も、同様の理由で、祖母が孫にした会社持ち分の有償譲渡について、過小評価したとして贈与税の決定処分等がなされたのに対し、取消訴訟を起こしましたが、両者がした錯誤無効の主張を完全に排斥しています(平成18年2月23日高松高裁判決)。別の民事訴訟にて、出資口の売買契約が錯誤により無効であることが判決によって確認されたことを理由に更正の請求を行った事案でさえ、やはり、錯誤無効の主張が排斥されています(平成23年3月4日高松高裁判決)(こちらを参照ください。)。もっとも、いったん株式を遺産分割し、相続税の申告をした後、より評価額を低くできる分割方法に気づき、国税通則法23条1項に基づき更正の請求(「申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたこと」)をしたところ、救済の必要性があり、かつ、納税者間の公平に反しない、きわめて例外的な場合当たるとして、更正の請求が認容された事案があります(平成21年2月27日東京地裁判決)。

要は、制度の建付け上、錯誤無効の主張を認めてしまうと収拾がつかなくなるので、きわめて例外的な場合以外は認めません、私法上の取引を行うに際し、課税上のインパクトを間違わないように計算して、取引しなさい、ということになります。裁判所の法律構成について、本件と同様、裸の価値判断だけで、理論的説明が薄いのは何とも残念です。

 

なお、夫が財産分与は非課税であると聞いて、離婚した妻に財産の分与をしたが、譲渡所得税を課税されてしまったので、財産分与の錯誤無効を主張し、これが要素の錯誤に当たるものの錯誤無効の主張が認められたという最高裁の判例は広く知られていますが、審理の対象は、所得税更正処分等の違法性ではなく、建物所有権移転登記抹消登記手続請求であり、直接課税処分が争われたわけではありません。

* 事案を分かりやすくするため簡略化しています。

事例

納税告知処分等取消請求控訴事件

岡山地方裁判所 平成25年3月27日判決

納税告知処分等取消請求控訴事件

広島高等裁判所岡山支部平成25年(行コ)第9号 平成26年1月30日判決

納税告知処分等取消請求事件

最高裁判所第一小法廷平成26年(行ヒ)第167号 平成27年10月8日判決

納税告知処分等取消請求控訴事件

広島高等裁判所平成27年(行コ)第30号 平成29年2月8日判決 

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