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税務判例フォローアップ

平成30年5月29日

35.会社主催で従業員の慰安旅行を実施した場合、交際費等に当たるか?

一般社団法人日本経済団体連合会が毎年行っている福利厚生費の調査結果によりますと、法定外福利費(対現金給与総額比率)は、総じて抑制傾向にあります。

他方で、有効求人倍率が1.5倍を超え、バブル経済以来の高水準に達し、株価も安定して2万円代で推移する中で、人手不足が叫ばれています。

企業によっては、従業員を慰労し、士気を高めようと、慰安旅行を企画することもあろうかと思います。

そこで、会社持ちで、従業員の日帰り慰安旅行を実施したところ、これに係る費用が交際費等と認定され、損金算入が否認され、法人税の更正処分を受けた事件を題材に、税務上の福利厚生費と交際費等の区別基準について、考察してみたいと思います。因みに、慰安旅行の費用が給与として認定された事例も参照してください。

 

事案の概要

X社は、自社の従業員と協力会社の従業員等、約1,000人を参加者として、5期にわたり、「感謝の集い」の名のもとに、コンベンションセンター(シーガイヤと推定されます。)において、日帰慰安旅行(以下、「本件旅行」といいます。)を実施しました。各費用は、平均して2,000万円を超えました。

X社は、うち、上記各費用のうち、X社の従業員に係る分(以下、「本件各費用」といいます。)については、福利厚生費として申告しました。

事業年度 総額(約) 参加者 参加率 1人当たり費用
平成20年3月期 2,700万円 954人 72.7% 2万8,726円
平成21年3月期 2,250万円 954人 72.7% 2万4,159円
平成22年3月期 1,840万円 954人 72.7% 2万2,254円
平成23年3月期 1,900万円 1,003人 73.3% 2万2,022円
平成24年3月期 1,920万円 1,022人 73.3% 2万1,972円

ところが、税務署は、本件各費用を交際費等と認定し、損金算入を認めなかったのです。

そこで、X社は更正処分取消の訴えを提起したところ、X社の請求が認容されました。

 

交際費と損金不算入

法人が支出する「交際費等」の額は、その事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入されません(租特法61条の4第1項)。

「交際費等」とは、「交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為・・・のために支出するもの(「次に掲げる費用」のいずれかに該当するものを除く。)」をいいます(同条4項)(現行)。

「次に掲げる費用」には、「専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用」(以下、「通常慰安費」といいます。)(同項1号)等が挙げられています。

つまり、本件各費用が、「交際費等」に当たれば損金算入が認められないのが原則ですが、通常慰安費に当たれば、損金算入が認められるということになります。

 

通達による解釈の補充

上記2の法令の規定だけでは基準が不明確なので、通達が解釈を補充しています。

すなわち、社内の行事に際して支出される金額等で「交際費等」に含まれないものとして、「創立記念日、国民祝日、新社屋落成式等に際し従業員等におおむね一律に社内において供与される通常の飲食に要する費用」等を挙げています(措置法通達61の4(1)-10(福利厚生費と交際費等との区分)。

 

争点

本件各費用は、通常慰安費に該当するか?

すなわち、

(1)「専ら従業員の慰安のために行われる」ものといえるか?

(2)「通常要する費用」の範囲内か?

 

裁判所の判断

(1)「専ら従業員の慰安のために行われる」ものといえるか?

本件旅行については、X社及び協力会社の従業員全員を対象とし、従業員に対する感謝の意を表し、従業員の労働意欲を向上させるために、他の従業員との歓談や交流の機会、コース料理及びコンサート鑑賞の機会を提供するものである。

よって、本件旅行は「専ら従業員の慰安のために行われる」ものと認められる。

(2)「通常要する費用」の範囲内か?

「交際費等」の損金不算入制度の趣旨は、

①本来の必要経費の範囲を超えた冗費、濫費を防止し、

資本充実、蓄積等の促進を図り、

公正な取引を維持し、公正な価格形成を図るため。

 

「専ら従業員の慰労のために行われる」諸活動のために「通常要する費用」ならば、従業員の福利厚生費として法人が負担すべきであり(必要性)、その費用の損金算入を認めても、法人の冗費・濫費抑制等の目的に反しない(許容性)。

その判断基準としては、①その法人の規模や事業状況等を踏まえた上で、②その行事の目的、参加者の構成(すなわち、従業員の全員参加を予定したものか否か)、③開催頻度、④規模及び内容、⑤効果、⑥参加者一人当たりの費用額等を総合して判断すべきである。

これを本件についてみれば、①X社は、倒産の危機を乗り越えた黒字経営で、②事業の内容から宿泊旅行は困難、②労働意欲を上げるためには、非日常的体験が有効、③年1回、④全従業員1,000人規模、大きな会場が必要、コース料理とプロによるライブコンサート、⑤本件旅行の成果が業績に反映、⑥2万円代などから、「通常要する費用」を超えるとは認められない。

 

コメント

確かに、納税者の主張が受け入れられたのは良かったのですが、常識的に見て高いか、安いかを判断するに当たり、定性的な指標が乏しく、種々の判断資料をかき集め、プラスとマイナスの事実を一緒くたにしたうえで、総合して判断することから、依然として基準は明確でなく、当局の判断を予見するにはなかなか勇気がいります。

歴史的に見れば、交際費等支出に対する規制は、昭和29年に制定され、その後多くの変更が加えられながら、現在まで生き延びています。交際費等支出に対する規制の趣旨は、先行裁判例からほぼ同じ趣旨で引用されています。資本の充実等が当初よりの立法事実(立法を支える社会的事実)だと言われていますが、日銀による国債買い付けなどによる異次元の金融緩和政策によってもデフレが脱却できない昨今において、制定当初と同じように厳格に解すべきか否かというスタンスによって、総合判断する立ち位置が変わってくると思います。そのような背景で、本件では、社会における需要が高度化・多様化する中、一日の行事として、従業員のモチベーションを上げるには、少しくらいの贅沢は必要だし、フリンジベネフィットとして許容すべし、という価値判断に立ったとも思えます。

これに対し、課税庁は、一泊旅行でもないのに、5時間未満の短い時間で一人当たり、2万数千円が費やされたことが、社会一般の行事費用と比べて著しく高いと主張しました。個人単価というより、時間単価に重点を置いた主張と言えます。

このような総合的判断を要する費用支出については、思い切ったことをする前に、業界のトレンドだけでなく、裁判例のトレンドについても、注意を払うことが必要です。

 

また、福利厚生費について交際費等と認定されれば、次に、従業員から見れば給与と評価されるのがコロラリーとも思われますが、実務上、一旦交際費等と認定されてしまうと、給与所得課税が併せて行われることはほとんどないと言われています。さらに、福利厚生費としての支出が否定された場合、給与所得と交際費等との振り分け基準はあいまいです。

* 事案を分かりやすくするため簡略化しています。

 

事例

法人税更正処分等取消請求事件 福岡地裁 平27(行ウ)15号

平成29年4月25日判決

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