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税務判例フォローアップ

平成30年7月3日

36.非上場株式の時価評価方法が争われた事案

はじめに

今回ご紹介する事案は、三つの事案からなります。一つは、非上場会社の株主の死亡による相続があり、その相続人が相続税の申告をしたところ、後に、非上場株式の評価方法が誤っていたとして、増額更正を受けた事件(以下、「第1事件」といいます。)です。もう一つは、一族に支配され、かつ、相互に支配関係のある非上場会社の間で行われた、株式の譲渡について、後に、非上場株式の評価方法を誤っていたとして、個人株主から子や孫への贈与(みなし贈与)があったとして、贈与税の更正を受けた事件(以下、「第2事件」といいます。)です。最後は、第2事件のうち、会社に対する株式の譲渡について、後に、非上場株式の評価方法を誤っていたとして、譲受会社について法人税の増額更正を受けた事件(以下「第3事件」といいます。)です。このグループ会社は、テレビのコマーシャルなどで見たり、聞いたことのあるような大きな会社(酒類食品卸売)であり、その創業者一族の間の財産の移転(承継)にかかる事件です。いずれも、財産評価の対象は、同じ会社の株式の評価で、同じ論点(非上場株式会社の評価方法)が繰り返し争われたという、珍しい事件です。よくある通り、納税者は、評価会社(これから、相続や取引の対象となった非上場株式(持ち分も含みます。)を発行した会社のことをいいます。)の価値を(税務署が求めるより)安く評価したことが原因です。

端的に言えば、相続税評価基本通達の文言に準拠して節税スキームを実施したけれども、そのような株式の評価方法では低額過ぎる、よって譲受法人には法人所得の申告が漏れているとして、また、譲受法人が利益を受けたことで間接的に個人株主から他の個人株主に価値の移転があった、よって贈与(みなし贈与)の申告が漏れているとして、追徴されたものです。一つの財産行為が法人と個人とで二重に評価され、それぞれに課税されるので、非上場株式の評価方法を誤れば、後でとんでもないことになることがあります。

これらの事件の事実の経過は、相当複雑です。一つ一つの出来事をバラバラに眺めているとだけでは何が問題となるか、浮かび上がってきません。しかし、一方で、出来事の当時に行動の基準となるルール、つまり、税法と通達、特に、細かな具体的ルールを規定している通達の内容に、形式的に従い節税を図ろうとする個人の意図や動機を推し量り、他方で、行き過ぎた節税対策に目を光らせ、課税の公平を確保し、一般国民の信任に応えようとする税務署の行動原理を意識することによって、自ずと争点(判断の分かれ目)は浮かび上がって来ます。

今回の各事件を通じて共通する勘所は、法解釈の基本です。言い換えれば、「原則適用→不都合・修正の価値判断→ルールの趣旨→法律構成」の思考過程(以下、「原則修正パターン」といいます。)を理解することです。「原則適用」の過程は、形式適用とか、文言適用と言い換えることができます。「不都合・修正の価値判断」の過程は、具体的な事実関係や出来事の経過に照らして「それはいくらなんでもおかしいでしょう」の認識にあります。言い換えれば、「他のまじめな納税者と比べてそれでいいのか」(課税の公平)の気づきや価値判断ともいえます。「ルールの趣旨」は、そもそも、そのルールの文言の趣旨は何なのかを探ることです。最後に、「法律構成」は、趣旨に従った法律解釈の範囲内であるべきルールを構成し直すことです。条文を新らしく作ってしまうことではありません。時として微妙になりますが、書いてある文言を媒介にしてルールを明らかにするところまでです。こうして、フローに沿って、淡々とお話しすると、単純にも思えますが、「不都合の過程」は頗る微妙です。人のものの見方・考え方は、同じ、風土・文化の下に育ったとしても、必ずしも斉一ではありません、同じ生の事実を見ても、出来事の展開を見ても、何をもって潔しとするか否かの判断が異なることがあります。また、その価値判断の前提となる法規範の理解の仕方によっても、少なからず、事実の評価に影響を及ぼします。

そこで、この過程に対応して裁判例の解析ができるように、第1事件から第3事件まで、事件の処理に関連するルール、つまり、課税要件又は財産の評価方法をコンパクトに説明したうえで、事案を簡略化して案内し、そのアテハメを介して、どんな原則修正パターンがあったのか、多面的に、切り込んでいきたいと思います。

前提とする知識が広く、また、複雑なので、数回に分けて、説明したいと思います。

そして、今回は、相続における非上場会社の株式の評価方法と事件の概要までです。

 

非上場株式の評価方法

(1)財産の評価方法の考え方

相続財産の価額は、同法第3章で特別の定めのあるものを除き、当該財産の取得の時における「時価」により評価するものと規定しています(相続税法22条)。「時価」とは、相続開始時における財産の客観的交換価値、すなわち、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われるとした場合に通常成立すると認められる価額と解されています。

そして、相続税法第3章には、会社の出資の評価に関する特別の定めはありませんので、本件出資の価額は、相続税法22条に規定する時価により評価することになります。

ところが、客観的交換価値は必ずしも一義的に明確でありません。個別に評価する方法をとると、異なった評価額が生じることを避け難く、また、課税庁の事務負担が重くなり、迅速な処理が困難となります。そこで、類型的、画一的に評価すべく、相続財産の評価通達が定められています。

裁判実務でも、評価通達に定められた評価方法は、納税者間の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減の観点から、合理的なものである限り、時価の評価方法として妥当性を有するものとしていますが、通達は法令ではないので、都度に通達を吟味したうえで、規範性が認められています

 

確かに、画一性は重要なことですが、形式的な平等を貫くことによって、かえって、実質的な租税負担の公平を著しく害することが明らかであるなど、特別な事情がある場合には、他の合理的な方法により評価をすることが許されるものと解されています(財産評価基本通達6項参照、以下は、単に〇項といいます。)。

 

(2) 非上場株式の評価方法

評価通達は、非上場株式の評価方法については、第1段階で、株主の判定、すなわち、相続によって財産を取得する人が評価会社の同族株主(同族関係者(ある株主、その親族等、それらが支配する法人のグループ)による議決権割合が50、30%を超えるか)か否かを判定します(188項)。第2段階で、規模の判定、すなわち、評価会社の従業員数等に応じて、大中小の3ランクのいずれに属するかを判定します(178項、179項)。また、評価会社の資産保有(株式や土地など)が高い場合や開業後3年未満の会社などは、類型化に馴染まないので特定会社となります(189項)。このようにして、株主と規模の判定が終われば、この組み合わせに対応する原則的評価方法と他に選択可能な方法がわかります(180~189項)。

評価会社が大会社の場合は、原則として、現実に流通市場において価格形成が行われている株式の価額に比準して評価する類似業種比準方式(株価形成要素のうち基本三要素(配当金額、年利益金額および純資産価額)について、事業内容が類似する上場会社の平均値とを比較の上、評価会社の1株当たりの価額を算定します。)により評価します(180項から184項)。

評価会社が中会社の場合は、原則として、上記の類似業種比準方式と純資産価額方式との併用、ここでは両者に一定のウェイトをかけることにより評価します。純資産価額方式とは、原則として、相続発生時より前の直近の評価会社の財産について評価通達の評価に従って、加減調整し(185項)、もし、簿価よりも高い評価になった場合の評価差額(含み益)について、仮に、その時清算したなら課せられるであろう法人税等相当額が控除される方法です(186-2項)。

評価会社が小会社の場合、原則として、純資産価額方式により評価します。

評価会社が特定会社の場合は、純資産価額方式により評価します。

大・中会社の場合、純資産価額方式、小会社の場合、併用方式も選択可能です。特定会社の場合、一部、他の方法も認められています。

もっとも、同族株主以外の株主が取得した株式については、配当還元方式(配当率を10%と仮定し、この利回りから資本を逆算し、株価を求めます。)によって評価します(188-2項)。通常、同族会社においては、会社経営等について同族株主以外の株主の意向はほとんど反映されずに事業への影響力を持たないことから、株主は当面は配当を受領するという期待以外に存しないからです。純資産価額方式による計算結果と比べて株価は低額となり、数倍から数十倍の差が出ることもあります。

 

事件の経過

(1) 時系列

昭和22年 酒類食料品類の販売等を目的としてK社設立

大正7年 不動産賃貸業を目的としてKG社設立

平成2.6.8 Kは、K社の株式と不動産現物出資でKR社設立(時価の10分の1以下の価格で計上)
平成3.12.5 Kは、A社他13社に対し、KR社持ち分譲渡(廉価で譲渡、Kの支配率48%に低下)
平成3.12.13 Kが死亡、Kから、HがKR社持ち分を相続(K社株式を、配当還元方式で評価、KR社の著しく安い現物出資資産の簿価と時価の評価差額について、法人税相当額(51%)を控除して、相続税申告)

平成7.6.9(第1事件)(相続)

税務署、Kの相続人であるHとX1、X3、X4に対し、相続税の申告はあったものの、申告額が少な過ぎたとして更正処分(K社株式を、類似業種比準方式で評価、KR社の現物出資資産の簿価と時価の評価差額について、法人税相当額(51%)の控除認められない)。

 
平成17.3.31 Hは、K社、KG社に対し、それぞれ、KR社持ち分譲渡(それぞれ、39,235円/口の対価
平成17.5.9 X1はX2に対し、KG社持ち分贈与(25万8,000口の贈与)
平成17.10~11 A社他13社は、KG社に対し、KR社持ち分譲渡(5,000円/口の対価)
平成18.3 X1は、KG社に対し、KR社持ち分譲渡(41,042円/口の対価)(⑧)

平成21.2.27(第2事件)(みなし贈与)

税務署、X1に対し、平成17年分の贈与税の申告がなかったとして決定処分(④の対価は、81,204円/口とすべき)。

税務署、X2に対し、平成17年分の贈与税の申告はあったものの、申告税額が少な過ぎたとして更正処分(④の対価は、81,204円/口とすべき)。

  

平成22.10.29、11.24(第3事件)(法人所得)

税務署、Kに対し、平成17年度の法人税の申告はあったものの、申告額が少な過ぎたとして更正処分(④の対価は、81,287円/口とすべき)。

税務署、KGに対し、平成17、18年度の法人税の申告はあったものの、申告額が少な過ぎたとして更正処分(④の対価は、81,287円/口、⑦、⑧の対価は、109,786円/口とすべき)。

 

(2) 個別に資本関係、つまり、支配関係をみれば

(3) X1ら一族とA社他13社の支配関係でみれば

(4) 家族関係でみれば

* 事案を分かりやすくするため簡略化しています。

 

事例

第1事件関係

相続更正処分等取消請求事件

東京地方裁判所平成12年(行ウ)第90号、平成16年3月2日判決

相続税更正処分等取消請求控訴事件

東京高等裁判所平成16年(行コ)第123号、平成17年1月19日判決(確定)

 

第2事件関係

贈与税決定処分取消等請求事件

東京地方裁判所平成23年(行ウ)第46号、平成23年(行ウ)、第64号平成26年10月29日判決

各贈与税決定処分取消等請求控訴事件

東京高等裁判所平成26年(行コ)第457号、平成27年4月22日判決

 

第3事件関係

法人税更正処分等取消請求事件(甲事件、乙事件、丙事件)

東京地方裁判所平成24年(行ウ)第160号、平成24年(行ウ)第224号、平成25年(行ウ)第620号、平成27年 3月27日判決

法人税更正処分等取消請求控訴事件

東京高等裁判所平成27年(行コ)第157号

平成28年4月21日判

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