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企業支援エトセトラ

令和2年6月1日

19.感染情報の管理

感染情報の位置づけ

従業員が新型コロナウイルスに感染した際の外部への公表について、企業は悩んでおられます。法的な義務はないものの、ネット上で隠蔽と批判される例が相次ぐ。一方で、従業員のプライバシー侵害の恐れもあり、板挟み。行政側の足並みも乱れ、厚生労働省や個人情報保護委員会、全国の自治体で見解がバラバラ。混乱に拍車がかかっている。このような報道もあります。

自社の職員が感染し、またはこれが疑われる事実(以下、「感染情報」といいます。)がある場合、その情報に関して、企業は、何をすべきで、何をしてはいけないか、判断に迷うところがあると思われるので、整理してみます。職員の任意の同意があれば、取得・公開に問題はありませんが、一般に、取得・公開されたくない情報と思われますので、同意が得られなかった場合を前提にします。

この検討を行うに際し、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(以下、「感染症法」といいます。)に基づく、感染予防のための建付あるいは制度の理解が必要になります。すなわち、医師は保健所に対して、所定の感染症について感染情報を届け出なければなりません(今問題となっている新型肺炎については直ちに)(同法12条)。都道府県知事は、所定の感染症の患者、感染の疑いがある者、その関係者に対し、感染経路など予防のために必要な調査を行うことができます(感染症法15条)。裏を返せば、感染者である職員及び関係者である企業には、感染症予防のため、必要な情報収集に応ずる義務があることになります。もっとも、この義務違反に対する処罰規定はありません。厚生大臣及び都道府県知事は、こうして集められた原情報から必要な情報を抽出し、公表することが義務付けられています(同法16条)。こうして、私たちが毎日報道で目にする例の統計データが上ってきます。

このような制度あるいは建付けに、合理的に調和する形で、企業は感染情報をどのように扱うべきか検討することになります。

 

企業と職員の関係

企業は、職員から、感染情報を取得することはできるか。

企業は職員が共同作業を行うところです。感染した職員を、そのまま出勤して働かせれば、他の職員に感染させる恐れがでてきます。企業は、当然にその全職員に対する安全配慮義務を負っています。よって、企業にとって、職員から、感染情報を取得することが必要です。

ところが、感染情報は、要配慮個人情報であり、原則として、予め本人の同意がなければ取得できません(個人情報の保護に関する法律(以下、「個人情報保護法」といいます。)17条2項)。そこで、その同意が得られなくても、その「個人情報」を取得することが許されるか、が問題になります(同法17条2項各号)。これが肯定される場合、企業は、その職員に対し、民事上の賠償責任を負わないことになります。

一般に、職員の感染が判明した場合、感染症法に基づき、保健所は勤務先に対して、疫学調査の協力を求めます。仮に、先立って職員から感染情報を取得していなかった場合、保健所から感染情報を取得することになります。これは、地方公共団体による法令の定める事務の遂行に協力する必要がある場合にあたり、本人の同意なくして感染情報を取得できることになります(4号該当)。

 

企業と第三者との関係

(1) 企業は、上記2の感染情報を、他の職員に対して、開示することはできるか。

今度は、取得したその職員の「個人情報」について、その職員の同意なしで、第三者に対して提供することが許されるか、が問題になります(同23条1項各号)。

職員が感染した場合(以下、その疑いがある場合も含みます。)、就業が制限されることになります(感染症法18条)。つまり、休職することになります。マスコミから報道があった場合は別として、行政庁の公開する情報からだけでは、特定することができません。よって、他の職員は、その休職者の休職の理由がわからないのが一般と思われます。このような場合に、どのこまで開示するか、悩ましいところです。

一般に、職員の感染が判明した場合、上記2の通り、感染症法に基づき、保健所による疫学調査が行われます。その際、濃厚接触者に対する健康観察、外出自粛の要請等も行われます。企業(事業所)は、これに協力し、速やかに濃厚接触者を自宅に待機させるなど感染拡大防止のための措置をとることが求められています。濃厚接触者を特定するためには、感染者だけでなく、その濃厚接触者の疑いのある職員からの聞き取りも必要になり、その際、感染情報をその職員に伝える必要が出てきます。このような場合、企業は、感染情報について、必要な範囲で、他の職員に対し、開示することが求められます。

この点、個人情報保護法のガイドラインや、個人情報保護委員会のQ&Aによると、同一事業者内での他部署への個人データの提供は「第三者提供」に該当しないため、社内で個人データを共有する場合には、本人の同意は必要ないとされています。とはいえ、感染情報は、センシティブな情報に該当するため、同一事業者内であるとはいえ他の職員に不必要に開示することは、プライバシー権侵害に該当し、民事上の損害賠償請求の対象となり得ます。本人の同意なくして感染情報を他の職員に対して提供する場合は、業種、職場、職務の内容から、必要な範囲を個別に精査して個別具体的に判断し、開示内容と開示する職員について、必要最小限に務めるべきでしょう。

また、当然のことながら、調査の過程で開示を受けた濃厚接触の疑いのある職員に対しては、守秘義務を課し、そのことを告知すべきでしょう。よく、医療関係者の差別発言が問題にされていますが、「感染症の患者等の人権が損なわれることがない」ような職場環境の構築に努めるべきです(感染症法4条参照)。

 

(2) 企業は、行政庁に対して、感染情報を提供することはできるか。

上記1で述べたとおり、感染者の確認された企業(事業所)は、保健所に対して、感染予防のため必要な情報を提供する義務があると解されます(感染症法12条)。

これは、地方公共団体による法令の定める事務の遂行に協力する必要がある場合にあたり、本人の同意なくして感染情報を保健所に対して提供できることになります(4号該当)。

 

(3) 企業は、上記以外の第三者に対して、感染情報を提供することはできるか。

感染の動向について、地方公共団体により、感染症法に基づき、年代、性別、居住地、発症日、職業や、必要に応じ感染場所などが公表されています。

しかし、食品産業を例にとれば、上流の製造業者の職員に感染者が判明した場合、サプライチェーンをなす取引先、および消費者に対する感染の恐れがあり、人々は具体的企業名までも関心を持っていることといえます。実際、企業名があとでわかったときに、隠蔽による誹謗や中傷もあるようです。

そこで、相当の企業が感染情報(もちろん匿名化)の公表に踏み切っているといわれています。

これに対し、ある首長は、特に不特定多数人に感染させる可能性がある場合以外は企業名の公表を控えるように要請しました。これに対して、議員団から自主性を尊重すべきだとの抗議があったりしました。

確かに、形式的には、個人が特定されない形で公表することは、その限りで、「個人情報」には当たらず、第三者提供の禁止規定には当たりません。企業経営の裁量の範囲内といえるでしょう。しかし、行政庁において人権に配慮して専門技術的判断に基づき感染予防のために必要かつ相当と判断された情報は公表されます。特定の日時や勤務情報など一定の関連する情報をつなぎ合わせることで、感染者である職員が特定される恐れがある場合には、許容されるべきではないと思われます。

プライバシーは一旦流出し、第三者に知られた後では取り返しがつきません。具体的な場面で、個々の要素について、慎重な検討後、開示の不可欠性が根拠づけられないのであれば、開示しないに越したことはないと思います。

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