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企業支援エトセトラ

令和4年7月14日

42.忘れられる権利

先月、逮捕歴に関するツイッター投稿の削除が認められるかどうかが争われた訴訟で、最高裁は、原告の男性の請求を認め、米ツイッター社に投稿の削除を命じる判決を言い渡しました。

本件は、第1審と第2審とで判断が異なったことや、先行する検索エンジンのグーグルに対する同様の逮捕歴に関する検索結果を削除するように求めた訴訟の最高裁判決の判断(棄却)との関係で注目されていました。

私たちの職業生活上および私生活上のインターネットへの依存は加速度的に増し、風評被害、誹謗中傷などに遭遇するリスクが増してきています。

そこで、プロバイダ責任制限法が改正され、犯人特定のための発信者情報の開示要件や手続が容易になること、侮辱罪を厳罰化(1年以下の懲役・禁固または30万円以下の罰金)すること(6月13日改正刑法成立)についてご案内したところです。

本件の判例のようにいわゆるプラットフォーマー(管理者)に対して請求するにせよ、プラットフォームで誹謗中傷している人(犯人)に対して請求するにせよ、基礎にあるのは人格権です。

個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は、法的保護の対象になり、人格的価値を侵害された人は、加害者に対し、人格権に基づき、現に行われている侵害行為を排除し、または将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができるというのが確立した判例です。

たしかに、個人の人権は重要でありますが、プライバシーに関わるからといって、すべからく情報提供が差し止められては、社会生活上必要な情報が遮断されてしまい、民主主義社会は機能しなくなります。特に、民主主義における被選挙人に関する情報は重要です。広く表現行為自体も、人の基本的な権利であるし、情報の流通が社会発展の基盤でもあります。

このように、表現する人と表現される内容に関わる人とでは、真っ向から権利が対立します。

そこで、今回の裁判においても、権利(利益)の対立を調整(具体的な場合にどちらの利益を優先するか)するための判断基準が示されました。

人格権に基づき、各ツイートの削除を求めることができるか否かは、①事実の性質及び内容、②各ツイートによって事実が伝達される範囲と被害者が被る具体的被害の程度、③被害者の社会的地位や影響力、④各ツイートの目的や意義、⑤各ツイートがされた時の社会的状況とその後の変化など、被害者が事実を公表されない法的利益と各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきものとしました。いろいろな判断材料を挙げていますが、最終的には、論理的に決まるのではなく、価値判断としてどちらに軍配を上げるかの問題です。①から④は当事者の関係、いわばミクロの関係ですが、⑤はミクロの問題ではなく、社会全体の問題、いわばマクロの関係です。時代時代によって判断が異なるということを示唆しています。

本件では、女性の裸をのぞき見る目的で旅館の女湯脱衣場に侵入したという被疑事実が公衆に閲覧可能になっていたので、プライバシーに属する事実と認められました。

他方で、不特定多数の者が利用する場所において行われた軽微とはいえない犯罪事実に関するものとして、各ツイートがされた時点においては、公共の利害に関する事実であったとしています(①)。

しかし、上告人の逮捕から高裁の口頭弁論終結時まで約8年が経過し、上告人が受けた刑の言渡しはその効力を失っており、各ツイートに転載された報道記事も既に削除されていることなどからすれば、事実の公共の利害との関わりの程度は小さくなってきているとしています(①)。

また、各ツイートは、上告人の逮捕当日にされたものであり、140文字という字数制限の下で、報道記事の一部を転載して事実を摘示したものであって、ツイッターの利用者に対して事実を速報することを目的としてされたものとうかがわれ、長期間にわたって閲覧され続けることを想定してされたものであるとは認め難いと評価しました(④)。

さらに、膨大な数に上るツイートの中で本件各ツイートが特に注目を集めているといった事情はうかがわれないものの、上告人の氏名を条件としてツイートを検索すると検索結果として本件各ツイートが表示されるのであるから、事実を知らない上告人と面識のある者に事実が伝達される可能性が小さいとはいえないと評価しました(②)。

加えて、上告人は、その父が営む事業の手伝いをするなどして生活している者であり、公的立場にある者ではないと認定しています(③)。

以上より、上告人の事実を公表されない法的利益が本件各ツイートを一般の閲覧に供し続ける理由に優越するものと認めるとしたものです。

この事案では、被害者のプライバシー権の優越性が認められましたが、プラスの事実とマイナスの事実の総合的評価にならざるを得ません。裁判官が何を重視するかにより、判断は異なりうるため、今後の裁判例の集積を待つことになります。

これに対し、同じように上告人の逮捕事実が記載されたウェブサイトのURL等が検索されてしまうことについて、同様の判断資料で、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には、グーグルに対して、URL等を検索結果から削除することを求めることができるとしていました。「明らかに」の挿入には、現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしていることが根底にあるようです。この「明らかに」の要件によって、ツイッターの場合と比して検索エンジンのプラットフォーマーを相手取る場合には、被害者の権利主張が認められにくいようです。

EUで「忘れられる権利」が提唱され、明文化されたことで有名になり、日本の裁判でも主張されたことがありますが、権利性は認められませんでした。忘れられるというと、時の経過だけに着目するようにも見えますが、本家のEUでも、種々の議論があり、そう単純なシェーマではないようです。

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