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個人情報保護法

令和4年9月14日

11.個人情報保護法について⑩ ~採用の場面~

会社としては、従業員を採用するにあたって、その人が業務に相応しい人材かどうかについて、できるかぎり様々な情報を収集した上で採否を決定したいと考えるのが通常でしょう。必然的に会社が採用活動を行う場面では多数の個人情報を取り扱うことになります。応募者の履歴書や職務経歴書に記載する内容などはまさに個人情報の宝庫ですし、面接において収集する情報も個人情報に該当するものが多く含まれます。

そこで、個人情報保護法の各論の第1回目として、会社が採用活動を行う場面で注意すべき点を解説いたします。

求職者から収集してはいけない情報

 

職業安定法5条の4は、求職者等の個人情報の取扱いについて、「その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。」と定めていますので、原則として、業務の目的の達成に必要のない情報を収集することはできません

また、厚生労働省の指針によれば、以下の個人情報については、特別な職業上の必要性が存在することその他業務の目的の達成に必要不可欠であって、収集目的を示して本人から収集する場合を除き、収集してはならないとされています。

① 人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項

② 思想及び信条

③ 労働組合への加入状況

違反すると職業安定法に基づく行政指導や改善命令等の対象となる場合があり、改善命令に違反した場合は、罰則(6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金)が科せられる場合もあります。

厚生労働省は、「公正な採用選考を目指して」という事業所啓発用のガイドブックの中で、「採用選考時に配慮すべき事項」を幾つか挙げています。

 

そこで挙げられているのは以下の項目です。仕事を行う上での本人の適性や能力とは関係のない事項であり、就職差別につながるおそれがあるとして、行わないように指導されています。

[本人に責任のない事項の把握]

①「本籍・出生地」に関すること

②「家族」に関すること(職業・続柄・健康・地位・学歴・収入・資産など)

③「住宅状況」に関すること(間取り・部屋数・住宅の種類・近隣の施設など)

④「生活環境・家庭環境など」に関すること

[本来自由であるべき事項(思想・信条にかかわること)の把握]

⑤「宗教」に関すること

⑥「支持政党」に関すること

⑦「人生観・生活信条など」に関すること

⑧「尊敬する人物」に関すること

⑨「思想」に関すること

⑩「労働組合(加入状況や活動歴など)」、「学生運動などの社会運動」に関すること

⑪「購読新聞・雑誌・愛読書など」に関すること

[採用選考の方法]

⑫「身元調査など」の実施

⑬「全国高等学校統一応募用紙・JIS規格の履歴書(様式例)に基づかない事項を含んだ応募書類(社用紙)」の使用

⑭「合理的・客観的に必要性が認められない採用選考時の健康診断」の実施

重要なのは、職務を遂行するにあたり、必要となる適性や能力のみを基準に採用・選考することです。家族手当や住宅手当などの支給条件を確認するために、家族構成や住居の種類などを聴取する必要もあるかと思いますが、採用選考の場面においては本人の適性や能力とは関係ない事項ですので、質問項目からは外した方が良いでしょう。

 

採用選考の場面で個人情報を取得・利用する場合、以下の点に留意する必要があります。

利用目的をできる限り具体的に特定する

利用目的を事前に(または個人情報を取得する際に)通知もしくは公表する

利用目的の範囲内で利用する

すでに取得した個人情報を他の目的で利用したい場合は、本人の同意を得る

要配慮個人情報を取得する時は本人の同意が必要

②に関して、求人サイトを利用する場合には、求人サイトが用意した利用規約などの個人情報の取扱いを定めた規定があると思いますが、自社のホームページで直接応募する場合には、例えば、「採用求職者の個人情報の取り扱いについて」といったページを掲示していくと良いでしょう。

その際、履歴書や職務経歴書の取扱についても記載しておきましょう。不採用の場合でも、会社が履歴書等を返却する義務はありませんが、個人情報保護法上の義務は発生しますので、本人の同意なく利用目的を超えて取り扱うことはできず、会社は採用選考以外の目的では利用できないことになります。また、利用する必要がなくなった時は遅滞なく消去するよう努める必要があります。そのため、使用しない履歴書等は本人に返却するか破棄するのが基本です。求職者としては自身の個人情報が記載された履歴書の行方には関心がありますので、事前にその取扱いについては公表しておくのが望ましいといえます。

 

要配慮個人情報について

要配慮個人情報は、総論第1回でも簡単に説明しましたが、不当な差別や偏見につながる可能性のある個人情報のことをいいます。これらの情報については、上記でも述べた通り、取得する際に原則として本人の同意を得ることが必要であるなど特別なルールが課されています。

要配慮個人情報とは具体的には以下の項目が挙げられます。

①人種(在日〇〇人、日系〇世など。国籍は該当しません)

②信条(宗教、政治的思想など)

③社会的身分(非嫡出子、被差別部落の出身など。単なる職業的な地位や学歴は該当しません)

④病歴

⑤犯罪の経歴

⑥犯罪により害を被った事実(詐欺被害に遭った、ネットで事実無根の中傷を受けたなど)

⑦身体障害・精神障害等心身の機能の障害があること

⑧医師等により行われた健康診断等の結果(健康診断等を受けたこと自体は該当しません)

⑨健康診断の結果に基づき医師等により指導、診療、調剤等が行われたこと

⑩被疑者または被告人として逮捕等刑事事件に関する手続きが行われたこと(単に証人や参考人として取調べを受けただけでは該当しません)

⑪少年又はその疑いのある者として、調査、審判等少年の保護事件に関する手続が行われたことが挙げられます。

 

この点、面談時に本人が質問に対して積極的に回答する以上、同意があるものとみなして、その情報を取得しても問題ないという考え方は危険です。応募者は皆採用を目指して選考に臨んでいるのであり、質問された事柄については、採用基準の1つであり採用の可否に影響すると思ってしまいますので、答えたくないと思っていても事実上回答を強制されていると感じてしまう可能性があるからです。ですので、回答をしたからといって個人情報の提供について真摯に同意したといえるかは疑問です。利用目的を記載した上で個別に同意書をもらうといった対応が必要になるでしょう。ただ、法律上同意が必要とされている「要配慮個人情報」は、その多くが本人に責任のない事項や、仕事を行う上での本人の適性や能力とは関係のない事項ですので、そもそもこれらの項目を調査する必要性は低いということは意識しておきましょう。

 

以下、特に、健康診断情報と犯罪歴について解説しておきます。

(1)健康診断情報について

雇用後の健康診断は法律上義務付けられていますが(労働安全衛生規則第43条)、その前段階の採用選考段階で、健康診断を行ったり、健康診断書の提出を求めたりすることはできるでしょうか

業種によっては健康状態を確認する必要があるものもあります。例えば、運転を行う業務で、応募者がてんかんといった私傷病を持っているか否かは非常に重要な情報です。また、食品製造会社において、食品に直接触れる業務に携わる際に当該食品に対するアレルギーがあるか否かといった情報を把握したり、高所で作業する業務に従事する場合に、貧血の有無を判断するために血液検査を行ったりということが必要になる場合もあると思います。その場合は、従業員の同意を取得した上で実施することは許されるでしょう。裁判例でも、労務提供を行い得る一定の身体的条件、能力を有するかを確認する目的で、応募者に対する健康診断を行うことは、予定される労務提供の内容に応じて、その必要性を肯定できる、とされています。上記2の「公正な採用選考を目指して」の⑭でいうところの「合理的・客観的に必要性が認められない」採用選考等の健康診断とはそのような意味であると考えられます。

また、病気を抱えながら就職を希望する人に対する配慮も重要ですので、就労にあたって特別な配慮が必要な場合、会社の安全配慮義務との関係で、積極的にその旨の申告してもらうべきだと思います。もちろん、本人の同意を取得しておくことが必要です。

(2)犯罪歴について

上記具体例の⑩にあるとおり、逮捕、勾留、起訴されたものの無罪になった場合や不起訴処分などで釈放された経歴、つまり前歴についても要配慮個人情報に該当するということを意識しておきましょう。

犯罪歴については履歴書によっては賞罰欄があることもありますが、最近は賞罰欄のない履歴書も増えています。面接時に犯罪歴を聞き出す際には本人の同意が必要となりますので、事前に同意書を取得しておくか、無回答でも構わない旨を明記した質問票を用意しておくかといった対応が必要です。なお、個人情報保護法成立前の判例ですが、犯罪歴のように、会社が職場への適応性や貢献意欲、企業の信用保持など企業秩序の維持に関係する事項について申告を求めた場合、従業員に真実を告知すべき義務を認めたものもあります(炭研精工事件・最高裁平成3年9月19日)。

なお、採用時には「ない」と答えたのに、雇用後に犯罪歴があったことが判明した場合には、経歴詐称に該当し、就業規則に規定があれば、解雇あるいは懲戒処分事由の対象とできることがあります。ただし、犯罪歴には確定していない有罪判決は含まれないとされていますので、例えば、公判中であったり、起訴猶予処分により釈放された事実については申告しなかったとしても問題にはなりません。また、犯罪歴の有無が労働力の評価に影響を及ぼさない場合や、採用後長期間が経過した後に発覚したものの従前の勤務態度に問題がない場合などは、解雇等が許されない場合もあります。

 

採用時に、応募者の職務経歴に虚偽がないかや過去のトラブルの有無について前職の同僚や上司に確認したり、反社会的勢力との関係がないかを調査会社に委託するなど、バックグラウンドチェック(背景調査)を行う会社も増えていると聞きます。

その場合でも、バックグラウンドチェックを行う際には、依頼する調査会社に個人情報を提供する必要があるため、本人の同意が必要となります。また、調査の過程で要配慮個人情報を取得する可能性もあるため、なぜ調査が必要かを説明した上で、バックグラウンド調査を行うこと自体について本人から同意を得ておいた方が無難でしょう。

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